あなたを憎む者
箴言25:21-22; 24:17-18
森田俊隆

* 当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

本日は、「箴言」のなかから、主イエスの「汝の敵を愛せよ」に通じる言葉ではないか、と思われる個所からお話をさせていただきます。「箴言」という言葉は英語では「proverb」といい、「格言」とか「諺(ことわざ)」の意味です。ユダヤ人の聖書の文書の分類では「諸書」の一つで、知恵文学と称せられる分野の文書です。知恵文学では「知恵」を大切にし、それを深く理解した「知恵者」となることが理想とされています。箴言以外では「空の空」で有名な「伝道者の書」、外典では「ソロモンの知恵」と呼ばれる「知恵の書」、「集会の書」と呼ばれる「シラ書」があります。更に偽書と呼ばれる文書のなかでは「モーセの遺訓」「ヨブの遺訓」「アブラハムの遺訓」という遺訓シリーズがあります。偉大な人物が語った“人生の真実を語った文書”という訳です。今日はこれらの聖書関連文書を含めてみていきたい、と思います。

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箴言25:21-22; 24:17-18
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畏れと驚き
詩篇111:1-10
森田俊隆

今日は先月に続き、詩編のなかからお話をさせていただきます。詩編111編です。詩編には、最初に「ハレルヤ」という言葉で始まる詩編が10編あります。そのなかで「アルファベット詩編」と称し、ヘブル語のアルファベットで各節が始まる詩が2編あります。それが111編と112編です。今日の詩編はそのうち前の方ですが、内容的には連続しているようです。ともに「神賛美の歌」です。両編に共通している言葉は「主は情け深く、あわれみ深く」です。イスラエルの神、主は私たちを超えた存在でありながら、「情け深く、あわれみ深い」存在であることがうたわれています。111編は「尊厳と威光」を示す神、112編は「繁栄と富」を齎す神に強調点がある、と言えようかと思います。

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詩篇111:1-10
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ダビデのミクタム
詩篇16:1-11
森田俊隆

* 当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

今日のお話は、聖書の詩編からです。詩編は全部で150編あり、一巻、二巻、三巻に分かれていますが、内容的にはこの三つに整然と分類されている訳ではありません。このなかで、「ダビデの詩(うた)」としてイスラエル第二代の王ダビデがうたったものとされているものが多くを占めています。しかし、これらの詩編は、イスラエル信仰の基本を示したもの、と理解すべき文書であり、「ダビデの詩」としての理解に執着する必要性は全くありません。むしろ、作者ダビデに執着すると、ダビデが置かれていた歴史的状況の範囲での解釈に落ちる可能性あり、詩編の持つ意義を狭めてしまうことになりかねません。サウル王からの逃避行という初期ダビデが置かれていた困難な状況における詩という意味は心にとめるべきですが、その後のイスラエルの民、およびユダヤの民が経験した歴史上の困難は筆舌に尽くしがたいものであり、その歴史の下にこれら詩編を置いてみる方がイスラエル信仰の基本・根本が見えてきます。本日取り上げる、詩編第16編をはじめとする「ダビデのミクタム」もそのような詩です。私たち、新しきイスラエルも当然、このイスラエル信仰の基本・根本に忠実である者です。

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詩篇16:1-11
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ヨブは悔い改めたのか
ヨブ記42:1-6
森田俊隆

* 当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

本日の聖書文書は「ヨブ記」です。超難解な文書と言っても差し支えないでしょう。「神義論」の文書として有名です。神義論というのは、神は完全なる義なる存在である、というのは本当か、神が意図して人間に悪をなすことはありうるのか、という問いに対し、どう答えるかの神学的議論です。ヨブ記のように義人ヨブが「理由なき苦難」を経験させられるのはなぜか、という問いにどうこたえるか、ということです。

この文書の舞台となっている場所は、ウツの地と言われています。アブラハムの兄弟ナホルの子に、この名が見られます。イスラエルの北、アラムの地です。七十人訳では、ヨブはヤコブの兄エサウの系譜の人物で舞台はイスラエルの南、エドムの地とされています。後になって登場するエリフがアラビア系の人物と考えられますので、舞台はエドムの地と推測するのが自然なように思います。ヨブという名はBC2000年期の西方セム族ではポピュラーな名前であったようです。伝承のスタートはいつかわかりませんがかなり古いかもしれません。しかし、神義論的形をとったのは比較的新しいものと考えられます。著作年代はBC5-3cと幅広い時期が、推測がされています。この時期は捕囚の民の帰還・第二神殿建設・ネヘミヤによるエルサレム城壁建設の時期を始期として、アレキサンダー大王の時代を経て、プトレマイオス朝エジプトの緩やかな支配にあった時期を終期としています。私は、他の知恵文学の著作時期とほぼ同時期の緩いエジプト支配の時代ではなかろうか、と思っています。この時期はイスラエルにおける百花斉放の時代と言ってもよいだろうと思います。中間期から新約時代へ、大きな影響を与えた文書が書かれた時代です。

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ヨブ記42:1-6
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エステル:ユダヤ民族のヒロイン
エステル記9:17-19
森田俊隆

* 当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

本日はエステル記からのお話です。ヨシュア記以降イスラエルの歴史に関する文書が続きました。その最後のところに置かれているのがこのエステル記です。しかし、内容は歴史書ではなく、ペルシャの支配下にあった時代にユダヤ民族を滅亡から救った一人の女性の話です。そのため、ユダヤ人の聖書では「諸書」という分類に入れられ、聖書の後ろの方にあります。我々の聖書における文書の順番は基本的に、旧約聖書のギリシャ語訳の順序に従っています。おそらく、エステル記の内容はペルシャの時代の話ですので、ペルシャ時代の初期のことを記しているエズラ記、ネヘミヤ記のあとに置いたということでしょう。このギリシャ語訳エステル記は我々の聖書にあるヘブル語エステル記より長い文書になっています。「エステルの祈り」や「ペルシャ王の布告」などが載っており、ヘブル語エステル記を更に理解するのには役に立つ部分が付加されています。このギリシャ語訳エステル記はカソリックの聖書には含まれており、「外典」と呼ばれでいます。ヘブル語エステル記を概略見た後に付加部分も若干見てみたい、と思います。エステルはユダヤ民族を救った人物であり、それを記念したお祭りがあります。プリムの祭り、と言いますが、その個所が、お読みいただいた個所です。明るいお祭りで、御馳走を食べるお祭りで今もユダヤ人のなかで祝われています。ユダヤ暦の12月、太陽暦では2-3月です。この祭りの時、エステル記が読まれます。いわばエステルはユダヤ民族のヒロインと言える人物ですが、他のユダヤ民族のヒロインも概観し、これらの女性に見られるイスラエル信仰の基本についてお話したいと思います。

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エステル記9:17-19
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エズラ・ネヘミヤによるユダヤ教
ネヘミヤ記13:1-9
森田俊隆

今日はネヘミヤ記です。先月はエズラ記でしたが、今日のネヘミヤ記はエズラ記と一体のものであり、エズラはユダヤ教の骨格を打ち立てた学者であり、ネヘミヤは政治指導者として、そのユダヤ教を民族の宗教としてユダヤ人に実行せしめた、と言う関係にあります。このエズラ、ネヘミヤが確立した宗教が本来の意味でのユダヤ教と言ってよいでしょう。後期ユダヤ教と言います。これ以前は、ユダ王国の宗教が存在しましたが、国家祭儀としてのユダヤ教です。後期ユダヤ教は国家なき宗教であり、ユダヤ教の信仰者共同体がユダヤ民族である、という世界でも稀に見る民族を誕生させたのです。通常、民族と言うのは基本的には人種から形成されるものです。その民族が共通の言語を持ち、共通の宗教を持つようになって、民族が形成されていくのです。ユダヤ人は人種的な出発点こそ、セミ族の一つと見られますが、雑多な部族の混血によりなっており、人種的に共通性がある訳ではありません。ユダヤ人とはユダヤ教を信ずる人、ということであり、宗教共同体が民族となった、民族です。この民族は、よく言えば波乱万丈の歴史を経験し、苦難の歴史の中で宗教のみが共通点というユダヤ人が生まれたのです

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ネヘミヤ記13:1-9
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第二の出エジプト
エズラ記1:1-6
森田俊隆

*当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

本日の聖書からのメッセージはエズラ記からです。ユダ王国は滅亡し、3度にわたって所謂「バビロン捕囚」が実行されました。実はその約140年前、北王国がアッシリヤに滅ぼされる時、イスラエルの主だった人々がアッシリヤに連れていかれる、というアッシリヤ捕囚が2度にわたって起きています。町としては、ダニエル書の記述から、この時も、バビロンであったと推測されます。イスラエルの枢要な人々が占領国に連れていかれる、という事態はその時から起きていました。ユダ王国の指導的立場の人々は、自分たちがイスラエル信仰の正統的継承者と自認していましたから、神により選ばれた民がこのような憂き目に会わなければならないのは、どうしてか、という疑問に立ち向かわざるを得ませんでした。結論は、モーセの定めた「律法」の順守をしなかったユダ王国の民の罪の結果である、と理解しました。バビロン捕囚の期間に、この反省から「律法順守」を中心とする信仰体系が出来上がっていきました。それが「ユダヤ教」と言われる宗教になります。律法順守の中心は①安息日の順守、②男子に対する割礼の実施、③食物規定の順守、です。

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エズラ記1:1-6
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不評なユダヤ王、二人
歴代誌下26:19-23; 33:1-6
森田俊隆

今日は歴代誌からのお話です。南北分裂以降のユダヤ王国の王は20代です。そのうち、歴代誌において褒められている王の代表は宗教改革の王ヒゼキヤです。これに対し、列王記はやはり宗教改革の王ヨシヤです。国家祭儀としてのユダヤ教の基礎を始めたのがヒゼキヤで、実行したのがヨシヤということができるかもしれません。北王国については列王記のみが、記述していますが、褒められている王は、ほぼ皆無です。ちょっとましな表現をされているのがヨラム、エフ―、ホセアの3人のみです。南王国については少々ましな評価をされているのは、宗教改革王アサ、その後継者ヨシャパテ、やはり宗教改革を行ったヨアシュ、前半のみ評価されているウジヤ(列王記ではアザルヤ)の4名です。絶賛の2名を加えると6名です。総数20名の内。6名のみがプラス評価、それ以外はほぼまるでこきおろし、です。今日は、そのうち、前半のみ評価されているウジヤ、こき下ろされているマナセの2名のなしたことを推測し、なんかよいこともあったのではないか、と思いを致したいと思います。この両名は列王記記者、歴代誌記者からの評価は低いのですが、在任期間はウジヤ34年、マナセ46年と極めて長期間です。マナセの場合は歴代のユダヤ王のうち最長です。長期政権が民のための善政をしいたから、ということは全くないのですが、長期間、平和が保たれたことにはそれなりの理由があるに違いありません。

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ユダ王国の宗教改革
列王記下22:8-13
森田俊隆

本日はユダ王国における宗教改革についてお話しようと思います。ユダヤ教の形成される最初の段階ということになります。王様でいうと、最初はユダ王国三番目の王アサです。次は第8代のヨアシュです。三番目は北王国滅亡直後のユダ王国の13代の王ヒゼキヤです。最後は第16代王ヨシヤです。このヨシヤ王が戦死したのちユダ王国は急速におとろえ、王国滅亡に向かっていきます。

ユダヤ教とイスラエル信仰との関係について一言申し上げます。イスラエル信仰の出発点は創世記に示されています。創世記は世界の創造から始まっており、イスラエル信仰には、他民族も含んだ世界大の信仰の流れと、イスラエル民族の形成と言う民族主義的な流れとが共存しています。しかし、出エジプト記以降、歴史書まではそのうちの民族主義的傾向を強く示しており、ユダヤ教の基礎となっている申命記律法の確立過程が描写されています。これがユダヤ教です。創世記に示された、世界大、国際的潮流が旧約聖書の傍系の流れとして繋がっていきます。ルツ記とかヨブ記、箴言、伝道者の書などに受け継がれていきます。イザヤ、エレミヤの預言書にも、このような国際的志向が強く表れています。そしてその頂点が、主イエスの言動です。それがキリスト教となるのです。

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イスラエルにおける王権の根拠
列王記下9:1-6
森田俊隆

今日のお話のタイトルとしては「イスラエルにおける王権の根拠」とさせていただきました。列王記というのはイスラエルの王国が南北に分裂し、その後の王の変遷を記した文書です。北イスラエルは通常、イスラエル王国と言い、南イスラエルはユダ王国と言います。北王国についてはアッシリアにより、南王国は新バビロニアにより滅ぼされるまでが対象です。南北分裂がBC922年、南王国の滅亡BC587年ですから、300年強のイスラエルの歴史、ということになります。北王国では19代、南王国では20代の王の変遷があります。この歴史の中から見えてくる、イスラエルの王の正当性の根拠はどこにあるのか、と言うのが今日のお話です。

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列王記下9:1-6
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