召命、再び
エレミヤ書15章15~21節

1.導入

みなさま、おはようございます。先週は幸いなペンテコステ主日礼拝を献げることができましたが、今日から再びエレミヤ書から学んでまいります。今日の説教タイトルは「召命、再び」です。エレミヤ書からの最初の説教が「エレミヤの召命」でしたが、一度神に召されたエレミヤが、再度その召しを新たにされる、というのが今日のメッセージの内容です。では、なぜ召しを新たにされる必要があったのかといえば、それはエレミヤが一度自らの召命を見失ってしまう、神の召しに背を向けてしまうという、そういう状態に落ち込んでしまったからです。どうしてエレミヤはそのような状態に落ち込んでしまったのか、また神はどのようにしてエレミヤを再びその使命へと呼び戻したのか、そのことを考えて参りたいと思います。

“召命、再び
エレミヤ書15章15~21節” の
続きを読む

エレミヤの召命
エレミヤ書1章1~10節

1.序論

みなさま、おはようございます。今日から、エレミヤ書から12回ほど説教をして参りたいと思っています。今日の説教題は「エレミヤの召命」ですが、私が中原キリスト教会でこの1月に初めて説教をした時の説教題は「それぞれの召命」でした。私はこの「召命」ということをとても大切に考えています。前にも話しましたが、「召命」とは聖書に出てくる預言者たち、あるいは今日の教会で宣教活動を担う牧師たち、こうしたいわば特殊な人たちだけのものではありません。すべてのクリスチャンは「召命」を持っている、召されているということを改めて強調したいと思います。「召命」という言葉のギリシャ語の原語は「呼ぶ」ということです。神から召された者とは、神から呼ばれた者です。そして全てのクリスチャンは神から呼ばれたのです。神はなぜ私たちを呼んだのか、といえば、それは私たちに何らかの使命、役割を与えるためです。このことはとても大事なことです。

“エレミヤの召命
エレミヤ書1章1~10節” の
続きを読む

それぞれの召命
ヨハネ福音書21章1~23節

1. 序論

みなさま、こんにちは。今日はヨハネ福音書の中でも大変有名で、またとても重要な箇所から恵みを受けて参りたいと思います。  

私たちは神との関係を言い表すために、いろいろな言い方をします。クリスチャンは「神の子」だと言われます。そこでは神と私たちとの関係が親子関係のように親密で温かい関係であることが言い表されています。親が子の成長を楽しみにしているように、神もまた私たちが子として成長するためになら、どんな努力も惜しまれない方なのです。

“それぞれの召命
ヨハネ福音書21章1~23節” の
続きを読む