三度目のコリント訪問
第二コリント12章14~13章4節

1.導入

みなさま、おはようございます。4月になりました。私がこの教会で牧会をさせていただいてから今日で3年目になります。このコリント書簡からの学びも今日を含めてあと二回、その後はいよいよ主の復活を祝う復活主日になります。さて、前回まではパウロが「愚かな自慢合戦」、つまりパウロが開拓伝道したコリント教会に後からやって来た宣教師たちが、自分たちはパウロよりも優れていると誇ったのに対して、パウロがいわば強いられた格好でこの自慢合戦に付き合う、彼らと張り合うというところを学びました。しかしパウロは、単に彼らと同じ土俵で自慢合戦を戦ったのではありませんでした。むしろ彼らとは全く逆に、自分は強さではなく弱さを誇る、なぜなら自分の弱さにこそ神の力が輝き出るからだ、という感動的な教えを伝えてくれました。

さて、今日の箇所はこの自慢合戦から離れて、非常に現実的な問題についてパウロが語るところです。その問題とは、パウロの三度目のコリント訪問のことです。パウロはこれまで二回、コリントを訪れています。最初は紀元50年に、パウロは開拓伝道のためコリントにやって来て、そこで1年半腰を据えて教会を立ち上げます。二度目の訪問はそれから約3年後、紀元54年のことでした。当時エペソで伝道をしていたパウロは、コリント教会で様々な問題が起こったことを聞きつけて、その問題を解決するために右腕と頼む若きテモテに「第一コリント書簡」を託して、彼をコリント教会に送りました。しかし、第一コリント書簡の中でパウロが厳しくコリント教会を叱責していることに反発した一部の信徒たちはテモテを逆に問い詰めます。その状況に恐れをなしたテモテは慌ててエペソに戻り、パウロにコリント教会の状況を報告します。それを聞いたパウロは、「すわ大変」と、予定を変更してコリント教会に直ちに乗り込みます。それがパウロの二度目のコリント訪問です。しかし、この訪問は悲惨な結果となりました。3年ぶりに再会したパウロに対し、3年も私たちをほおっておいて何をいまさら偉そうにとばかりに、パウロに向かって面と向かって暴言を吐く信徒がいたのです。皆の面前での侮辱にパウロは落胆したか怒ったか、多分両方でしょうが、その事件の後パウロはすぐにコリントを去ってエペソに戻ってしまいました。それからパウロは「悲しみの手紙」をしたため、それをテトスに託してコリント教会に送り、彼らの悔い改めを求めます。コリント教会もパウロの言葉を真剣に受け止め、パウロに暴言を吐いた信徒に戒規処分を下しました。こうして和解が成ったので、パウロは今や彼の人生を掛けたプロジェクトとなったエルサレム教会への支援献金を再開するようにとコリント教会に促します。そしてこのプロジェクトの推進役として、コリント教会の人たちからの信頼が厚いテトスと、マケドニア地方のピリピかテサロニケ教会の信徒二人をコリント教会に送ります。

さて、このように再び歯車がかみ合い始めたように見えたパウロとコリント教会でしたが、そうはいかなかったのです。おそらくパウロの二度目のコリント訪問の頃からでしょうか、無牧になっていたコリント教会には新しい宣教師たちがやってきていました。これが先の「愚かな自慢合戦」をパウロに強いた宣教師たちでしたが、彼らはパウロを快く思っていない宣教師たちで、コリント教会の一部の信徒たちはこの新しい宣教師たちを支持するようになってしまいました。問題はそれだけではありませんでした。パウロはコリント教会に、エルサレム教会への献金を熱心に呼びかけますが、それが新たな疑念を引き起こしたのです。パウロはコリントにいたときも、コリントを去った後もコリント教会からは献金という形で支援を受けることを拒んできました。ただ、パウロがすべての教会から献金を受け付けなかったわけではなく、マケドニアのピリピやテサロニケ教会からは献金を受け取っていて、実際コリントで開拓伝道している時もマケドニア教会から経済的に支援してもらっていたのです。そのことを知ったコリント教会の人たちの気持ちは複雑でした。パウロはなぜ私たちからの支援を拒むのか、私たちのことを信用していないのだろうか、と。しかし、そのパウロがコリント教会の人たちにエルサレム教会への献金については非常に熱心に呼びかけてきました。それで一部のコリント教会の人たちは思ったのです。エルサレム教会への献金は、本当に全額エルサレムに届けられるのだろうか、と。あるいはパウロは、必要経費と称してその献金の一部を自分の活動資金として使っているのではなかろうか、と。この疑念がどうにもコリント教会の人々の心に住み着いてしまったのです。本当にお金の問題は難しいです。現在でも、教会がおかしくなる原因の一つは、お金の使い道が不明朗であるというのがしばしばですが、コリント教会の人々も同じような疑心暗鬼に陥っていました。しかも、人々がこのような疑念を抱いてしまったことについてはコリント教会だけが悪いとは言い切れません。なぜパウロはピリピ教会から献金を受け取って、コリント教会からは受け取れないのか、行動が一貫していないではないかとの批判に対し、説明がつかないからです。実際、この件についてのパウロの言っていることは苦しい弁明に響きます。

ともかくも、再びコリント教会との関係に入ってしまった亀裂を修復しようと、パウロは三度目のコリント訪問を決意し、ここで宣言しています。そのことを頭に入れながら、今日の箇所を読んで参りましょう。

2.本文

では、12章14節から読んでいきましょう。パウロはこう切り出します。「今、私はあなたがたのところに行こうとして、三度目の用意ができています。しかし、あなたがたに負担はかけません。」この負担は書けませんということの意味は、今回もあなたがたからは経済的支援を受けることはありません、ということです。パウロがここまで献金を受け取らないことにこだわる理由は、一つにはライバル宣教師たちがコリント教会から謝儀を受け取っていることがあるのだと思われます。私はあの者たちとは違う、というパウロなりの矜持があるのでしょう。パウロは続けて、「私が求めているのは、あなたがたの持ち物ではなく、あなたがた自身だからです」という言葉も、ありていに言えば私は報酬が欲しくてあなたがたのところに行くのではない、ということです。その理由としてパウロはこう続けます。「子は親のためにたくわえる必要はなく、親が子のためにたくわえるべきです。」つまり、コリント教会にとってパウロは父のような存在だから、子であるあなた方は父の経済的心配をする必要はなく、父である私が子であるあなた方の心配をすべきなのだ、ということです。ただ、実際はパウロがコリント教会を経済的に支援するというのは無理だったので、パウロとしては祈りと愛の業を通じてあなたがたを支え続ける、ということを言っているのです。ですから、「私はあなたがたのたましいのためには、大いに喜んで財を費やし」というのは比喩的な意味で、私の財産を使ってという意味ではなくて、私自身の情熱と愛をあなた方のために注ぎ出そうというほどの意味です。そう書きながら、パウロはコリントとのひびが入った関係を嘆いてみせます。「私があなたがたを愛すれば愛するほど、私はいよいよ愛されなくなるのでしょうか。」ここで暗示されていることの一つは、私がこんなにあなたがたを愛しているのに、どうしてあなたがたは他の宣教師たちになびいてしまうのか、私から離れて行くのか、ということです。こう言われても、コリントの教会員たちも困ってしまったかもしれません。パウロはいつも自分たちのそばにいてくれるわけではない、今ここで牧会してくれている宣教師たちに心が向くのは当然ではないか、というコリント教会側の言い分もあっただろうとは思います。しかし、パウロの願いはこれらの宣教師たちからコリント教会が自発的に距離を置くことでした。パウロの基準から見れば、新しい宣教師たちはキリストに倣った生き方をしていないからです。

そして16節では、パウロはいよいよコリントと自分自身との間に立ちふさがる問題の核心に切り込みます。パウロは自分に向けられた疑念を率直にこう記しています。「あなたがたに負担を負わせなかったにしても、私は、悪賢くて、あなたがたからだまし取ったのだと言われます。」つまりパウロは、私は謝儀はいらない、と格好いいことを言いながら、実は別の名目で私たちからお金をだまし取っているのだ、というコリント教会での黒い噂をここではっきりと記しているのです。パウロはそこで、そのような不正の生まれる余地がないということを丁寧に説明しています。まずパウロは、自分はエルサレム献金のために集めたお金を自由に使えるような立場にいないことを客観的に示しています。パウロが推進しているエルサレム教会への献金、これをコリント教会で実際に推し進めているのはあなたがたが一番信頼しているテトスではないか、またテトスだけではなく、パウロの宣教チーム以外の人々、つまりマケドニア教会の教会二人もこの献金プロジェクトに加わっているではないか、と。万が一この献金の使途に不正があるなら、このマケドニアの兄弟たちがいわば監査役の役割を果たして気が付くはずではないか、ということです。そしてパウロは言います、「テトスはあなたがたを欺くようなことをしたでしょうか。私たちは同じ心で、同じ歩調で歩いたではありませんか。」感動的な言葉ですね。パウロはさらに、私は自己弁護しているのではないのだ、私たちは神のみ前で真実を語っている、と身の潔白を強く訴えます。そしてパウロはこうきっぱりと言います、「愛する人たち。すべては、あなたがたを築き上げるためなのです。

こうして自分に向けられた献金疑惑について丁寧に説明した後、パウロはがらりと話題を変えます。今まではパウロ自身の問題を取り扱いましたが、次にコリント教会側の問題について扱い始めるのです。その理由は明白です。コリント教会の人たちがパウロの誠実さについて疑心暗鬼になっているような状況では、彼らは誰もパウロの語る耳の痛い話を聞き入れないからです。ですから、まずパウロは自身の身の潔白を証明し、それからコリントの人たちの問題について話題を移したのです。パウロは自分がコリント教会に行く目的はエルサレム献金集めのためだけではなく、むしろもっと重たい問題を扱うためなのだと示唆します。「私の恐れていることがあります。私が行ってみると、あなたがたは私の期待しているような者でなく、私もあなたがたの期待しているような者でないことになるではないでしょうか。」ここでパウロは、第一コリント書簡を書いた頃からコリント教会にまとわりついている問題に切り込みます。第一コリント書簡では、パウロはコリント教会にある諸問題、内部分裂や性的不品行の問題、偶像礼拝の問題などを取り扱っていました。こういった問題がもしや未解決になっていないか、放置されていたままになってはいないでしょうね、とパウロは鋭く問います。もしそんな状況を目撃したなら、私はあなた方の期待するような優しい父親ではいられない、むしろあなたがたが恐れるような厳しい顔を見せることになるかもしれない、そういう懸念をパウロは伝えているのです。これは第一テサロニケの手紙でもパウロが強調していることですが、あなたがたは悪い行いのためでなく、聖なる歩みをするように召されているのだという、クリスチャンの歩みの基本について、パウロはここで改めて書いています。パウロはこの点について、もはやコリント教会の人々からの反発を恐れていません。パウロには神から示された教会のヴィジョンがあり、この点については妥協はあり得ないからです。

さらにパウロは、二度目のコリント訪問の時のように、またもコリント教会の人から辱めを受けるという可能性も案じています。パウロはそのことを「私がもう一度行くとき、またも私の神が、あなたがたの面前で、私をはずかしめることはないでしょうか」と記しています。これは、パウロに対する懐疑的なムードが漂うコリント教会では十分あり得ることです。しかしパウロは、コリント教会の人々が自分を辱めるとは言わず、神が私を辱める、と言っています。これは、すべての出来事の背後には神の御心が究極的には働いているのだというパウロの信仰を言い表したものでしょう。それからパウロは、再び先に示した懸念、すなわち第一コリント書簡で取り扱ったはずの数々の教会内での罪を、コリントの人たちが開き直っていまでも行い続けているのではないか、という懸念を表明します。パウロはそのことを、「そして私は、前から罪を犯していて、その行った汚れと不品行と好色を悔い改めない多くの人たちのために、嘆くようなことにはならないでしょうか」と書いています。パウロのことを快く思わない一部の信徒たちは、パウロの忠告をも無視しているかもしれないからです。このような数々の不安を抱きながら、パウロは三度目のコリント訪問を果たそうとしているのです。この訪問で、コリント教会の真価が問われる、それはひいては牧会者としてのパウロの真価が問われる、ということになります。

日本のことわざで、仏の顔も三度まで、というのがありますが、パウロも今度の訪問では自分は決して甘い顔はしないという決意をここで語ります。パウロは旧約聖書の申命記にある律法を引用し、「すべての事実は、ふたりか三人の証人によって確認されるのです」と言っています。これは、ある人を罪に定めるのは一人だけの証人では足りない、最低二人の証人が必要だという神の教えです。パウロはここで、二度目にコリントを訪問した自分と、これから三度目の訪問する自分という同一人物を、ふたりの証人になぞらえています。私が二度、あなた方が同じことをしているのを目撃するなら、あなたの有罪は確定するという意味です。あるいは、ここでいう二人の証人とは、パウロ自身と、天におられるイエス様のことを指しているとも考えられます。主の前には何も隠すことができないからです。そしてパウロは極めて厳しい口調で書いています。「前から罪を犯している人たちとほかのすべての人たちに、あらかじめ言っておきます。今度そちらに行ったときには、容赦はしません。

非常に厳しい言葉ですね。このように言えば、当然反発も生まれるでしょう。人の罪をあげつらうあなたは何様なのだ、という反発です。こういう批判があるからこそ、パウロは献金問題についての自身の身の潔白を強く主張したのです。パウロはさらに、自分に向けられた別の批判を意識してこう書いています。「こう言うのは、あなたがたはキリストが私によって語っておられるという証拠を求めているからです。」パウロは、コリント教会の人々の罪を指摘し、その悔い改めを求める時に、それは私の言葉ではなくイエス様の言葉なのだ、と語っていました。しかし、ある人たちは反発しました。「あなただけが主の預言者なのか?私たちだって聖霊によって異言を語れる。自分だけがイエスの言葉を語れるなどとは思うな」と。パウロが愚かな誇り合戦に参戦したのも、こういう批判を意識してだと思われます。私は言葉だけでなく、行動を通じてイエスのメッセージをあなた方に示してきたではないですか、と。あるいは、このように言う人たちもいました。「イエス様は優しいから、そんな厳しいことを言うはずがない。イエス様はどんな罪だって赦してくださるはずだ」と。これは今日の教会でもよく聞くような話です。確かにイエス様はどんな罪でも赦してくださいます。しかし、主イエスは赦した後にその人が行動をもって悔い改めることを求めておられます。ヨハネ福音書によれば、イエスは姦淫の女を赦しましたが、その後に「今からは決して罪を犯してはなりません」(ヨハネ8:11)と命じておられます。主が「決して」と言われたことを忘れてはいけないのです。主イエスは力強い方です。主を恐れることは大切なことです。

しかし、その力強いイエス様に対して、パウロはどうだ、と揶揄する人たちがいました。パウロの外見は弱弱しく、その話し方はなっていない、とささやくコリントの人たちもいました。しかしこの点については、パウロは再びイエスを思い出すようにと語ります。主イエスは決してマッチョな、力づくでことをなすような方ではありませんでした。むしろその外見は弱弱しく、哀れにさえ思えるような十字架での死を遂げられたのです。しかし、その弱さの中にこそ、神の全能の力が現れたのです。それが主イエスの復活、死にて死に打ち勝つという奇跡でした。ですからパウロの弱弱しさは、ここでも主イエスに倣うものであり、決して恥ずべきものではないのです。そこでパウロは非常に大事な言葉を残しています。その4節のみことばをお読みします。

確かに、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられます。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなた方に対する神の力のゆえに、キリストとともに生きているのです。

パウロの行動の規範は、常にキリストです。キリストが弱いように、私も弱い。しかし、私が弱い時にはいつもキリストが伴ってくださり、しかもそこには力強い神の力が働いている、それが私の言葉がキリストの言葉であることの何よりの証拠なのだとパウロは語っているのです。

3.結論

まとめになります。今回は、パウロがコリント教会への三度目の訪問を果たす前の、最後の警告を発しているところを学びました。この三度目の訪問は、これまで様々な紆余曲折のあったパウロとコリント教会との関係に、決着をつけるものとなります。その緊張感がひしひしと伝わってくるような箇所でした。パウロはまず自分への献金流用疑惑に対し、身の潔白を丁寧にかつ感動的に証明します。それから、返す刀でコリント教会の問題にズバリ踏み込みます。それは彼らの数々の罪の問題でした。パウロとしては、ライバル宣教師たちの問題や、エルサレム教会への献金も大事な事柄でしたが、何よりもコリント教会が罪から離れて正しく歩むことが大切でした。このことについて、彼らが頑なであり続けるなら、それは重大な結果を招くと警告しています。このことは、私たちも心して聞くべきことです。眉間にしわを寄せて頑張るような必要はもちろんありませんが、しかし私たちも日々の歩みや教会での活動において、世の中に主イエスを証しするものとして恥ずかしくない歩みをしなければならない、ということを今一度胸に刻みたいと思います。同時に、私たちは背伸びをしたり、かっこうをつけたり、実際以上に自分を強く見せる必要はありません。私たちはそんなに強くはないのです。むしろ、謙虚に弱さの中を歩まれた主イエスのように、へりくだって、身を低くして歩みたいものです。そのように苦難の中を歩まれた主イエスを思いながら、新しい一週間も歩んで参りましょう。お祈りします。

イエス・キリストの父なる神様。今回は、パウロが三回目の訪問に備えて、コリントの人たちにあえて厳しい言葉を投げかけているところを学びました。私たちにも主イエスの召しにふさわしく歩む力をお与えくださいますように。同時に、主の力は私たちの弱さの中に現れることを教えられ、感謝いたします。どうか私たちの弱さの内に主が現れてくださいますように、心からお願いいたします。われらの救い主、イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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