1.序論
みなさま、おはようございます。さて、今日の説教題は秋のすがすがしい朝の空気に反して、「惨劇」という物々しいタイトルです。文字通り、悲惨な出来事についてのお話です。せっかくの主日礼拝なので、心が高揚する話や、心が温まる話を聞きたいと思われるでしょうし、私もできればそうしたいのですが、しかし講解説教ですので、この箇所は飛ばしてとか、そういうことはできません。そもそも、サムエル記の説教でこういう悲惨な場面を除いてしまうと、あとは何も残らないのではないかと思うほど、悲劇的な箇所が多いのです。悲劇といっても、地震などの自然災害のためではありません。むしろ人間同士の裏切りとか、騙し合いとか、そういうことが理由で起こる悲劇です。このサムエル記には、そういうドロドロした話がとても多いです。なぜそうなのかといえば、そこには権力闘争が絡むからです。王という至高の権力を求める話を描いているサムエル記は、まさにこの文書全体が惨劇の書だと言っても過言ではありません。
“惨劇第二サムエル4章1~12節” の続きを読む