1.序論
みなさま、おはようございます。今朝から教会のカレンダーではアドベントに入ります。イスラエルに真の王としてお生まれになったイエス・キリストのご降誕を祝うクリスマスを待ち望む期間です。主イエスは「王」という存在についての考え方を革命的に変えました。当時の人々が考える王の姿とは、人々の上に権力を振るい、人びとを支配する、そのような存在でした。しかし主イエスはその生涯を通じて仕える王、人びとを支配するのではなく、むしろ人々のために命さえ差し出す、そのような謙虚で慈愛に満ちた王の姿を示したのでした。そのような主イエスの姿は、私たちすべてが範とすべきものです。アドベントの期間は、そのようなイエスの歩みを思いつつ歩んで参りたいものです。
さて、そのようなイスラエルの真の王であるイエスと、今日の聖書箇所の主役であるイスラエルの最初の王であるサウル、この二人にどんな共通点があるでしょうか?みなさんもご存じのように、サウルは道半ばで王失格の烙印を押された、いわば失敗した王様です。そんな人物と、真の王であるイエスとの間に何のかかわりがあろうか?と思われるかもしれません。しかし、今日の聖書箇所に描かれているサウルの姿は、まさに理想的な王であり、その姿は主イエスを指し示しているということができます。前の説教でもお話ししましたが、第一サムエル記の9章から11章まではひとまとまりのストーリーであり、無名の青年であったサウルが王へと駆け上っていくサクセスストーリーで、サウルに好意的な観点から書かれています。そのサウルの成功物語の、クライマックスにあたるのが今日の箇所です。では、サウルのどんなところが主イエスを指し示しているのか、そのことを考えながら今日の箇所を読んで参りましょう。
2.本論
さて、今日の物語はイスラエルへの新たな脅威の登場から始まります。それまでのイスラエルは西側からの脅威、今まさに世界的な関心を集めているガザを拠点としていたペリシテ人からの脅威に悩まされてきましたが、今回はその反対の東側、ヨルダン川東岸の民族であるアモン人の脅威にさらされています。アモン人はイスラエルの民族の祖先であるアブラハムの甥ロトの子孫ですので、イスラエル人とは遠縁にあたりますが、歴史的にはイスラエル人とアモン人は仲が悪く、「アモン人とモアブ人は主の集会に加わってはならない」(申命記23:3)とモーセの律法で命じられているほどでした。そのアモン人が、西からの脅威に苦しむイスラエルを挟み撃ちにするように東から攻めて来たのです。しかも、アモン人の王は残忍な性格の人物でした。彼の名は「ナハシュ」と言いましたが、その意味は「蛇」です。蛇とは聖書では悪魔を表象する動物で、実際ナハシュは悪魔的な性格を持つ人物でした。彼はイスラエル人が和議を結びたいと持ち掛けたのに対し、「お前たちの右の眼をえぐり出すなら和議を結んでもよい」と話しました。まさに悪魔のような残忍な人物だと言ってもよいでしょう。聖書は、人類の祖先であるエバの子孫は蛇と対立し、そしてエバの子孫は蛇を打ち砕くことが預言されています。
わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。(創世記3:15)
ここでの「おまえ」とは蛇のことですが、エバの子孫が蛇を踏み砕くことが預言されているのです。そしてサウルはまさに、エバの子孫として蛇であるナハシュを踏み砕くのです。
さて、このナハシュ王が攻めようとしていたヤベシュ・ギルアデはサウルの出身部族であるベニヤミン族とはかかわりの深い町でした。というのも、士師記によれば、かつてイスラエルの11部族はとんでもないスキャンダルを引き起こしたベニヤミン族に対して宣戦布告し、ベニヤミン族には自分たちの娘を嫁がせないという誓いをしたことがありました。しかし、それでは同胞であるベニヤミン族の子孫がいなくなってしまうので、特例として同じく鼻つまみものとされていたヤベシュ・ギルアデの娘たちをベニヤミン族に与えました。したがって、ヤベシュ・ギルアデの人々はベニヤミン族の人々だと言ってもよい人たちでした。ですから、アモン人の王ナハシュから無理難題を突き付けられたヤベシュ・ギルアデは、自分たちの同族であるサウルに助けを求めました。サウルが王になったということは、イスラエルの各部族に既に伝達されていたのでしょうが、イスラエル12部族の中でも最弱の部族であるベニヤミン族の人たちは、自分たちの部族から出た王であるサウルに大きな期待を寄せていたのでした。
ヤベシュ・ギルアデからの使者はギブアという町にやってきましたが、そこはサウルが預言者としての神の霊を受けた場所でした。ギブアの人たちはヤベシュ・ギルアデの人たちの話を聞いて、そのあまりにもひどい内容に声を上げて泣きました。その声を聞きつけてサウルが帰ってきました。ここで注目したいのが、その時サウルが何をしていたかです。サウルはその時には既にイスラエルの王になっていました。では、王となったサウルは何をしていたでしょうか?王宮でふんぞり返っていばっていたのでしょうか?いいえ、まるで奴隷のように畑で家畜の世話をしていたのです。ここに、信じられないくらい謙虚な王の姿、仕える王の姿を見ます。後に第二代の王であるダビデ王がバテ・シェバ事件を引き起こしたときに、ダビデは部下たちが戦場で必死にアモン人と戦っているのに彼自身は王宮で昼寝していて、たまたま入浴中のバテ・シェバを覗き見てしまったことからとんでもない醜聞を引き起こすわけですが、それと比べてサウル王のなんという謙虚な姿でしょうか。このころは、サウルは本当に理想的な王様、領民と共に歩み、領民から慕われる王だったのです。少なくともこの時期のサウル王は、謙遜な仕える王であったのです。そして、その彼の姿は仕える王である主イエス・キリストを指し示すものです。イエスはこう言われました。
あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。(マルコ10:42-44)
サウルもこの時は、人を自分のために働かせて、自分は安眠をむさぼるというようなことをしませんでした。むしろ率先して人々のために汗を流し、畑での重労働に従事していたのです。王としての威厳を示すとか、そんなことに興味はなく、むしろ人々と共に歩み、人々のために働く王だったのです。こういう王様を戴いた人々は幸せです。
サウルが人々のために働いたのは平時の時だけではありません。有事の時にも勇敢に、人々に先立って戦ってくれました。そのことを見ていきましょう。畑仕事から戻ってきたサウルは、ヤベシュ・ギルアデの人たちから事情を聞きました。その時に何が起きたのか、6節には次のように記されています。
サウルがこれらのことを聞いたとき、神の霊がサウルの上に激しく下った。それで彼の怒りは激しく燃え上がった。
ここでサウルの上に再び聖霊が下りました。先にもサウルには聖霊が激しく下りましたが、今一度そのことが起ったのです。このサウルの例からも分かるように、聖霊が下るというのは一度きりの体験ではありません。何度でも起こることなのです。それはクリスチャンにとっても同じことです。聖霊体験を重視する方々は、一度きりの強烈な聖霊体験を重視するということがしばしばあるようですが、別に一度きりである必要はありません。むしろ私たちは常に聖霊によって力を受ける必要があります。神は私たちに一度ならず、何度でも聖霊によって力を与えてくださいます。主イエスも聖霊をいつも求めるように教えられました。主イエスは、「求めなさい。そうすれば与えられます」という有名な言葉を言われた後に、「あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えるのを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう」(ルカ11:9, 13)と言われました。「求めなさい」と言われた時に、求めるものとはすなわち聖霊なのです。ですから私たちは折に触れ、必要な時には常に聖霊の助けを求めて祈るべきです。
さて、再び聖霊を激しく受けたサウルでしたが、その時サウルは怒りました。怒りは基本的には良くないもので、新約聖書でも「人の怒りは、神の義を実現するものではありません」(ヤコブ1:20)と言われていますが、しかし人の怒りと神の怒りは別であるということを理解しましょう。この時のサウルの怒りは彼個人の怒りと言うより、聖なる怒り、神の怒りでした。それは正義を求める神の心から来る怒りだったということです。むろんそれは、神は戦争を積極的に支持しているということではありません。むしろ、神は抑圧された人たちのために怒ってくださるということなのです。ナハシュはサディスティックな性格を持った悪魔的な人物で、相手を弱者と見れば徹底的になぶりつけることに快感を覚えるような人物でした。イスラエル人以外にも、彼の残虐さの犠牲になってきた人は多かったことでしょう。しかも彼はイスラエル人からなされた平和の申し出も拒否しました。このような倒錯した人物に対する神の怒りが下されようとしており、サウルはそのために用いられるのです。ですから、今回のサウルの行動を主が導いたことは単なる戦争行為の是認ではなく、弱く虐げられた者の側に立たれるという、聖書の神の一貫した行動の表れなのです。
サウルは次いで、一頭の牛を屠り、それをバラバラにしてイスラエルの各部族に送りつけ、アモン人との戦いに参加しない者はこの牛のようになる、と宣言しました。この行為自体についてはなんと残虐な、と思われるでしょうが、しかしこのサウルの行動にも理由がありました。先ほども言いましたように、士師記の後半にはベニヤミン族の引き起こしたスキャンダルが書かれていますが、それはベニヤミン族の人々が一人の女性を辱めて殺したという事件でした。その酷い事件を告発するために、その女性の遺体は十二の部分にバラバラにされ、イスラエルの十二部族に送りつけられるという出来事がありました。サウルはおそらくそのことを意識していて、ベニヤミン族の恥ずべき黒い歴史を思い起こさせると同時に、今度はそのベニヤミン族が先頭に立って正義の戦いをするのだ、ということを示そうとしたのでしょう。ベニヤ民族の恥辱をすすぐのだ、という固い決意があったのです。イスラエルの民もこのサウルの気持ちに応えました。彼らは主を恐れ、そしてサウルの下に集結しました。なんとそれは33万人という大軍でした。イスラエルの人々の心が一つになったのです。それからサウルたちはヤベシュ・ギルアデにいる人たちに使いを送り、あすにはあなたがたに救いがもたらされると告げたのでした。
ヤベシュ・ギルアデの人々は大喜びしました。しかし、彼らは慎重に行動しました。彼らはアモン人の王ナハシュに「私たちは明日降伏します。私たちを好きなように扱ってよいです」と告げました。もちろん、これは敵を油断させるための策略です。アモン人はこれで我々の勝利だとすっかり油断していました。おそらく前祝だとばかりに酒宴を催していたのでしょう。明け方にはみな酔いつぶれていたに違いありません。その彼らに対し、サウルは大軍を三つに分けて、明け方に総攻撃を開始しました。アモン人は徹底的に打ち負かされ、ほうほうのていで逃げ延びていきました。サウルの王としての初仕事は、このように見事な勝利で終わったのです。
この大勝利を見て、一部のイスラエルの人は、サウルが王に就任した時にそれについて不平を言った人々の事を問題視しました。ある人々はサウルについて、「この者がどうしてわれわれを救えよう」と語って、王に就任したサウルにお祝いを届けませんでした。しかし今や、サウルは見事にイスラエルの人々を救いました。蛇のように邪悪な王からイスラエルを救ったのです。そこで、サウルを熱心に支持する人々は、こういうサウルを批判していた人々に報復したいと考えました。こうした不満分子を生かしておくことは、サウル王の治世を安定させる上で望ましくないと考えたのでしょう。彼らは「サウルがわれわれを治めるのか、などと言ったのはだれでしたか。その者たちを引き渡してください。彼らを殺します」と、強硬な主張をします。しかし、サウルはそれには同調しませんでした。サウルは賢明な若者でしたから、実績も何もない王である自分にすべてのイスラエル人が初めから従うはずがないということをよく分かっていました。むしろ、実績を上げたうえで反対派を取り込んでいこうと考えていたのでしょう。さらに、ここでの彼は立派な信仰者でした。そもそも今回の勝利は自分の実力ではなく、神が与えてくださったものだということをよく弁えていました。サウルは言いました。
きょうは人を殺してはならない。きょう、主がイスラエルを救ってくださったのだから。
サウルは、自分がイスラエルを救ったのだ、とは言いませんでした。そのように思いあがることなく、この勝利、この救いは神が与えてくれた贈り物なのだ、と語ったのです。このような思いを持つ限り、王は堕落することはありません。しかし、「私が、私の力がこの勝利をもたらしたのだ」と思ったとたんに、人は堕落し、神からは離れてしまうのです。私たちも、成功を収めた時には、このサウルのように考えたいものです。また、サウルは私的な恨みで人を殺すことを禁じています。今回はサウルもアモン人と戦争をしていたので、戦闘行為の際に人を殺すことは当然あったでしょうが、この戦いは神の怒りから引き起こされたものですので、そのような戦いにおいて人を殺めてしまうことと、私怨による殺人とはまったく別物だということです。また、神はイスラエル人を救うために立ち上がってくださったのに、その同族であるイスラエル人を殺すということは許されないことだと、サウルはよく分かっていたのです。こうしてサウルは王にふさわしい寛大さを示しました。
この勝利の後、預言者サムエルは人々をギルガルに集めました。ギルガルというのは、モーセの後継者のヨシュアが、イスラエル十二部族を象徴する十二の石を立てて、イスラエルの建国を宣言した歴史的な場所です。サムエルはそのような由緒正しい場所に人々を集めて、いまこそイスラエルに王権が確立されたことを宣言しました。前回ミツパでサウルを王に選んだときにはそれを承服しない人がいましたが、今回はすべてのイスラエルの民がサウルを王として認め、祝いました。サウルにとって、それは一番幸せな時期だったでしょう。
3.結論
まとめになります。これまで数回にわたり、サウルがイスラエルの初代の王として確立されるまでの道のりを学んでまいりました。今回サウルはイスラエルに救いをもたらし、名実ともに王として認められることになります。この時点でのサウルはまさに理想的な王で、主イエスを彷彿とさせるところがありました。彼は王だからといって特権を振りかざしたり、横暴な振舞をすることなく、抑制的で、謙虚で、そして自らの功績と見なされるものを神の栄光に帰するという信仰を持っていました。そして、そのような王を戴いたイスラエルは強く、またよくまとまっていました。リーダーという存在の重要性をつくづく思わされる記述です。その後、段々とサウルにも慢心が忍び寄り、ついには王としての正統性を失ってしまうのですが、そういう失敗から私たちが学ぶことも多い反面、このようなサウルの良い面、あるいは良い時期から学ぶことも多いのです。そして、冒頭でも申しましたが今はアドベントの季節です。今回のサウル王の行動は、主イエスを想起させるものでした。私たちは、主イエスの謙虚な歩みを思いながら、このアドベントの期間を過ごして参りましょう。お祈りします。
私たちの救いのために主イエスを遣わしてくださった父なる神様、そのお名前を讃美します。今日はサウル王が立派に神からの嘱託を果たし、イスラエルを救った場面を学びました。今回のサウルのように、私たちもへりくだって各々に与えられた務めを果たすことができるように力をお与えください。われらの救い主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン