アブシャロムの死
第二サムエル18章1~33節

1.序論

みなさま、おはようございます。これまでサムエル記を読み進めて参りましたが、今日の箇所はサムエル記の中の一つのクライマックス、少なくとも後半の部分では最大の山場ともいえる箇所です。サムエル記の後半部分のテーマは「ダビデ家の崩壊」でした。ダビデ家といっても王朝としてのダビデ家ではなく、家族としてのダビデ家です。ダビデ王朝は存読したけれど、ダビデの家族は崩壊してしまった、そういう哀しい物語です。

さて、前回はダビデの策略、つまりトロイの木馬としてアブシャロム陣営に送り込んでいた策士フシャイと祭司長であるツァドクとエブヤタル、彼らの活躍のおかげでアブシャロムは愚かにもダビデに有利な作戦を採用してしまい、さらにはアブシャロム陣営の作戦計画はダビデに筒抜けになりました。もうこうなってしまえば、勝敗は決したようなものです。アブシャロムは入念に準備をしてクーデターを決行したのですが、しかし人心掌握術ではダビデの方が一枚も二枚も上手でした。

2.本論

では、今日の内容を見ていきましょう。相手の作戦が筒抜けとなり、敵軍の動きが手に取るように分かるようになったダビデは、いよいよ反転攻勢の準備に入ります。ダビデは自軍を三つに分けて、大将軍のヨアブとその兄弟ツェルヤの子アビシャイ、またペリシテ人、つまりイスラエルとは敵対している民族からやって来た傭兵隊長であるイタイ、この三人に任せました。その時、ダビデは意外なことを言いました。これまで見て来たように、かつては兵士たちの先頭に立って戦場で活躍していたダビデですが、王になってからは戦場のことは大将軍ヨアブに任せ、王宮で昼寝をしたり遊び暮らす毎日を送り、挙句の果ては勇敢の兵士の妻であるバテ・シェバを奪い取るということまでしてしまいました。その事件がダビデ家崩壊の始まりとなり、それから次から次へとダビデ家には災厄が降りかかり、とうとうアブシャロムの乱となってしまったのです。

このように、王となってからは戦場に立つことを止めたダビデが今度は戦場に立とうというのです。これはダビデ軍の士気をあげるためには大変有効なことでした。ダビデがいるといないのとでは、全然士気が違います。日本の歴史でも、天下分け目の戦いと言われた関ケ原の戦いで、豊臣家の当主豊臣秀頼が戦場に出るか出ないかで、その命運は分かれたとも言われています。西軍に秀頼が大将として出陣すれば、徳川方についていた豊臣恩顧の武将たちも秀頼様には弓が弾けないということで、東軍は著しく不利になっただろうと言われています。実際は秀頼は戦場に来ることはなく、その結果西軍は敗れてしまいました。このように大将が戦場に出るというのはたいへん重要なことで、今回はダビデが久々に戦場に出ようというのです。では、なぜダビデは戦場に出る決意を固めたのでしょうか?対アブシャロム戦の必勝を期しての決意だったのでしょうか。おそらくそうではないでしょう。経験豊富な司令官であり政治家であるダビデは、もう自軍の勝利を確信していました。ダビデが気にしていたのは、むしろアブシャロムの命でした。ダビデはアブシャロムのことを反乱軍のリーダーとしてではなく、反抗的だがかわいい息子として見ていたのです。ダビデは部下たちが引き留めるので、戦場に出ることは断念しますが、その代わりある指示というか、お願いのようなことを命じます。彼は三人の部隊長、ヨアブ、アビシャイ、イタイを呼んで、「私に免じて、若者アブシャロムをゆるやかに扱ってくれ」と頼んだのでした。しかもこっそりとではなく、全軍の兵士たちに知れ分かるように公然とこうしたことを口にしたのです。親としてのダビデの気持ちは誰もが理解できたでしょうが、しかしこれから命がけで戦場に向かう兵士たちにとってアブシャロムは敵の大将です。彼を倒さないことには戦争は終わらないのです。しかも相手は自分たちを殺そうとしているのです。そんな敵を相手に果たして手加減ができるのか、という疑問が当然生じます。しかし、王の命令に逆らったらどうなるか分かったものではない、という恐怖もあります。このように、ダビデの命令というか要請は、命を懸けて戦う兵士たちをとんでもないジレンマに置くことになります。敵に勝たなくてはならないのに、敵を殺してはならないというのですから。

このダビデの命令をどう考えるべきでしょうか。一つ確実に言えることは、もしダビデに反乱を起こしたのが息子のアブシャロムではなく赤の他人だったとしたら、ダビデはこのような指示は決して出さずに躊躇なく殺しただろうということです。王の命を狙い国を奪おうとするのは大罪ですから、当然のことです。ですからダビデのこの処置は身内に甘いという批判を免れないものです。実際、アブシャロム軍との戦いで命を落とす兵もいるわけですから、そうした兵士たちの遺族からすればダビデのやっていることは身びいき、えこひいきだと感じられるでしょう。ここで、ダビデの問題が再び明らかになります。ダビデのこれまでの行動の問題点は、公平な裁きができないということに尽きると言えます。公平どころか自分に甘い、身内に甘いというのがあからさまなほど目立っていました。まずバテ・シェバ事件ですが、その時にダビデは自らがバテ・シェバの夫ウリヤを殺害したことの責任を取ろうとしませんでした。神に赦されたからそれで十分とばかり、罪の償いを遺族に対してしようとはしませんでした。それどころか、結局望み通りにバテ・シェバを自分の妻としてしまい、新しく子どもを設けています。また、自分の息子アムノンが自分と同じ強姦の罪、しかもこともあろうに自分の妹であるタマルを辱めたことについてもお咎めなしでした。さらにはその第一王子であるアムノンを第三王子のアブシャロムが殺害するという、王子殺しの大罪すらも不問に付しました。国がひっくり返るような大罪を続けざまに見逃したのです。そして今度はクーデター、国家転覆の罪さえ赦しかねないということなのです。もはやダビデは王としては全く機能してはいないのですが、しかし王ですから絶対的な権力を持っていて、部下たちは彼に振り回されることになります。

このことを苦々しく思っている人物がいました。それが大将軍ヨアブです。彼は今の企業でいう総務部長のように汚れ役、上役のしりぬぐいばかりしてきたわけですが、彼にもプライドというか矜持がありました。自分は確かに汚い仕事ばかりしてきたが、それもこれもお家のため、ダビデ家存続のためだという思いがありました。ですから彼は、ダビデ家の存続のためならダビデに逆らってでも行動するという決意があったし、これまでもそのように行動してきました。ですから今度のアブシャロムを殺すな、見逃せというダビデの命令も、ダビデ王朝存続のためにプラスにならない、そういう反発心を持って聞いていました。

そのようなことがあったのですが、いよいよアブシャロム軍とダビデ軍の雌雄を決する戦いがありました。アブシャロムはフシャイの作戦にしたがって、なるべく多くの兵士をかき集めて物量作戦でダビデ軍を押しつぶそうとしましたが、ダビデたちは大軍の利点が打ち消されてしまう森の中を戦場に選びました。ゲリラ戦に慣れたダビデ軍古参の兵士たちにとって森は非常に戦いやすい場所ですが、大軍の場合は寸断されやすく、敵と味方の区別がつきづらくてかえって不利になってしまいます。大軍で押しつぶそうというアブシャロム軍の作戦を事前に知っていたダビデたちは、敵軍が不利になるような戦場を選び、敵をそこに誘い込んだのです。その作戦はてきめんでした。アブシャロム軍は神出鬼没の動きをするダビデ軍に翻弄されてしまい、瞬く間に2万人もの兵士を失ってしまいました。彼らはダビデ軍にやられたというよりも、自滅していったという方が正確でしょう。密林の中を迷ったり、同士討ちになったり、野獣と遭遇したりと、ダビデ軍と戦う以前に自壊していったのです。

アブシャロム軍は総崩れになり、大将のアブシャロムは護衛の兵士たちとも離れて単身で逃げ延びていました。しかし彼は大変な長身で、髪の毛も長かったのでそれが災いしました。なんと髪の毛が木の枝に絡まってしまい、宙ぶらりんになってしまったのです。アブシャロムは惨めな思いで一杯だったことでしょう。これではサウル王のように自害もできません。そして、そのアブシャロムをヨアブの軍団の兵士たちが見つけました。敵の大将ですから、普通であれば我先にととどめを刺しに行ったはずです。しかし、兵士たちにとってはダビデの言葉がすべてでした。敵将の首を取る手柄を挙げたとしても、それでダビデの逆鱗に触れては元も子もありません。兵士たちは遠巻きにアブシャロムを眺めるだけで、誰もとどめを刺そうとはしませんでした。そこに大将軍ヨアブが駆け付けました。彼は敵の大将を前にして黙って見ているだけの兵士を見て一喝します。大手柄だというのに、なぜ何もしないのか、と。しかし兵士たちは反論します。あなただって、ダビデ王の言葉を聞いたでしょう。ダビデの命に逆らってアブシャロムを殺したら、恩賞どころか死刑になります。その時、あなたは知らんぷりで私の命を助けてはくれないでしょう、とこのように抗議したのです。そこで、だったら俺がやる、責任は俺が取ってやる、とばかりにヨアブは手に三本の槍を持ってアブシャロムの心臓めがけて投げつけました。

先ほども言いましたが、ヨアブはダビデから直接アブシャロムを助けてくれと頼まれた後も、なんとしてもアブシャロムは殺さなければならないと決めていました。彼にとって一番大事なのはダビデ個人の思いではなく、ダビデ王朝の存続です。これまでも、ダビデの命に逆らってでも、ダビデ家に仇なすと思われる人物は暗殺まがいのことをしてでも排除してきました。ヨアブはダビデのすぐ近くにいて彼の行動をつぶさにみてきたので、ダビデが王としてはもはや正常な判断ができなくなっていることに気が付いていました。ダビデは間違いなくアブシャロムを生かすだろう、しかも反乱の責任すらうやむやにしてしまうだろう、ということがヨアブには分かっていました。そしてそれが王国にとってどれほど大きなダメージを与えるかということも分かっていました。なにしろクーデターをしても許されるという前例を作ってしまえば、第二、第三のアブシャロムが生まれても不思議ではありません。アブシャロム自身も再びよからぬたくらみに加わる可能性もあります。さらには、今回のクーデターと戦争でダビデ側も少なくない犠牲者を出しています。犠牲となった兵士の家族たちは、この反乱の責任者の罪が赦されたと知ったら強い憤りを感じることでしょう。そんなことになれば、ダビデ王朝への人々の信頼が揺らいでしまいます。こうしたことを踏まえて、ヨアブはアブシャロムをダビデに引き渡さずに戦場で殺してしまおうと覚悟を決めていました。どうせダビデは自分に手を出せない、自分なしではダビデは王としてはやっていけないだろうという自信、あるいは奢りもあったのでしょう。

こうしてヨアブはダビデの命令を無視し、アブシャロムの息の根を止めました。ヨアブの道具持ち、親衛隊のような兵士たちも、大将がやったのだから遅れてはならないとばかり、アブシャロムに斬りかかりました。あわれアブシャロムは滅多切りにされてしまいました。ヨアブは敵の大将を倒したのだからと、全軍に攻撃停止を命じます。戦争は終わったのです。そしてアブシャロムですが、本当に無残な姿を晒していました。イスラエル一の偉丈夫とほめそやされたアブシャロムはもはや見る影もない姿になり果てました。こんな姿をダビデに見せるわけはいかないとばかり、兵士たちは彼の遺体を深い穴に投げ込み、大きな石をそこに投げ込んで誰も遺体を見ることが出来ないようにしました。ダビデの命令に逆らって彼を滅多切りにしたことがばれないように、いわば証拠隠滅でした。

こうしてアブシャロムの乱は終わりました。しかし、ヨアブ軍には厄介な問題が一つ残っていました。それはアブシャロムの事をどのようにダビデに報告するのか、という問題でした。ヨアブとその部下たちは公然とダビデの命令を無視したのですから、当然報告しづらいわけです。大勝利を喜んで報告したいのに、できないというなんとも悩ましい状況になってしまいました。彼らは、アブシャロムの悲報を知ったらダビデは何をしでかすか分からないという不安がありました。といのも、ダビデは敵であったはずのサウルの死を知らせた使者を斬首したことがあったからです。そこでヨアブはイスラエル人ではない外国の傭兵であるクシュ人にこの知らせを伝えさせることにしました。最悪の場合、このクシュ人がダビデに殺されても仕方がないと思ったのでしょう。しかし、祭司長のツァドクの息子で、ダビデにアブシャロム側の情報を伝えたアヒアマツは不満でした。こんなに大事な知らせを伝えるという大きな役目を外国人に渡してしまうのが我慢ならなかったのです。アヒアマツは、彼がダビデの逆鱗に触れてしまうことを心配したヨアブから制止されましたが、どうしてもと強く言い張ってダビデの元に向かうことにしました。しかも近道を使って、先に走っていったクシュ人を追い越しました。そして最初にダビデに勝利を知らせるという名誉を自分のものにしました。しかし、さすがにアブシャロムの事を知らせるのはためらわれたのでしょう、ダビデからアブシャロムの安否を問われると、何があったか分からないと言ってごまかしました。そうすると、次にクシュ人の伝令がやってきました。ダビデは同じことを聞きました。アブシャロムはどうなったのかと。このクシュ人の伝令も、ダビデがサウル王の死を知らせた伝令を殺したことを知っていたので、身の危険を感じましたが、しかし伝えないわけにもいかないので、回りくどい言い方をしました。「王さまの敵、あなたに立ち向かって害を加えようとする者はすべて、あの若者のようになりますように」と言ったのです。これでダビデはすべてを知りました。アブシャロムが死んだのだと。そして門の屋上に上って、皆が聞こえるような大声で泣きだしました。「わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに」と。

3.結論

まとめになります。今日はアブシャロムの死に際しての、ダビデの矛盾した行動を見て参りました。ダビデはアブシャロムの乱を鎮圧するために、権謀術数の限りを尽くしました。何人ものスパイ、つまりトロイの木馬を送り込み、アブシャロム陣営をかき乱して彼らが自滅するように仕向けました。にもかかわらず、反乱の首謀者であるアブシャロムの命は何としても救おうとし、彼が死んだことを知ると「自分が代わりに死ねばよかったのに」と皆の前で泣き出す始末です。しかし、兵士たちは命がけでダビデの命を救おうと頑張ったのです。そのダビデの命を狙う者を殺したら、「自分が代わりに死ねばよかった」などと言われてしまえば、何のために戦ったのか分からなくなってしまいます。

ここからわかるように、もうダビデは王としては機能していません。確かにアブシャロム陣営にスパイを送り込む手練手管は見事でした。しかし、自分の感情を抑えきれず、自分のために命を捨てようとする兵士たちの前で醜態をさらす姿は無様としか言いようがありません。王は自軍の兵士たちの命を何だと思っているのか、バテ・シェバの夫のウリヤのように、兵士の命など好きなように扱ってよいとでも思っているのか、と皆から思われても仕方がありません。どうしてダビデはここまで耄碌してしまったのでしょうか。

ダビデは王ですので、彼を止めることが出来る人は誰もいません。それができるのは神だけであり、神はダビデの家に大きな災いを送り込むことで、ダビデに悔い改めを促してきたのですが、ダビデはこれまでずっと悔い改めを拒んできました。悔い改めには具体的な行動が求められます。私は、ダビデは少なくとも部下殺しの罪を認めて王位を退くべきだったと考えています。責任を取るべきだったのです。神もダビデが自ら責任を取ることを望んでおられたように思います。しかしダビデはそれを拒み続け、王位にしがみつきました。その結果、ダビデは本当に醜い老人になってしまいました。地位が高い者であればあるほど、その地位には責任が伴い、自分に厳しくあらねばならないということを、ダビデの惨めな晩年を見ると思い知らされます。

日本の政治不信が続いています。その大きな原因の一つは、政治家が責任を取らなくなったことにあると思います。近年大きな金銭スキャンダルが続きましたが、みな口をそろえて「職務を全うすることで責任を取ります」というようなことを言い、決して辞任しようとはしません。その結果、政治の緊張感は失われ、ますます惨めな状態になっています。その行き就く先はどのようなものか、それはダビデの生涯が教えてくれているのではないでしょうか。聖書のメッセージは慰めばかりではありません。人間世界の厳しい現実をも教えてくれます。私たちもその厳しい教訓も心に刻んで歩んで参りましょう。お祈りします。

歴史を支配される主よ、そのお名前を讃美します。今朝はアブシャロムの乱の悲劇的な結末を学びました。ダビデの王としてはまったく矛盾に満ちた行動も見て参りました。責任を取ることの難しさを思い知らされますが、私たちはダビデの生涯から大切なことを学ぶことができますように。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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