ヒゼキヤ王の信仰
イザヤ書38章1節~39章8節

1.序論

みなさま、おはようございます。今年に入ってから、毎月末は旧約聖書からメッセージをさせていただいています。今日はイザヤ書から、預言者イザヤの時代に活躍した名君だとされるヒゼキヤ王の信仰について見て参りたいと思います。

みなさんはヒゼキヤ王と聞くと、どんなイメージを持たれるでしょうか。伝説の王であるダビデ、あるいは世界一の知恵者と謳われ、栄華を極めたソロモン、こうした誰もが知る有名な王たちと比べると、地味な印象を持たれるかもしれません。聖書にあまり親しみのない方はヒゼキヤと聞いても、「誰だそれは?」ぐらいにしか思わないかもしれません。しかし、聖書の中では彼は非常に高く評価されている王です。第二列王記18章5節と6節を読んでみましょう。

彼はイスラエルの神、主に信頼していた。彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった。

ここにありますように、ヒゼキヤは信仰において「彼ほどの者はだれもいなかった」と讃えられるほどの王様でした。このヒゼキヤに匹敵する王は、彼の子孫で宗教改革を断行した16代の王であるヨシヤぐらいなものです。列王記は、ヨシヤについてこう書いています。

ヨシヤのように心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くしてモーセのすべての律法に従って、主に立ち返った王は、彼の先にもいなかった。彼の後にも彼のような者は、ひとりも起こらなかった。

こうありますように、南ユダ王国には20人の王がいましたが、その中でもヒゼキヤとヨシヤは例外的と言えるほどに信仰心の篤い立派な王だとされています。しかし、そのヒゼキヤの信仰に疑問を感じさせるような記述があります。それが今日の聖書箇所です。では、今日の聖書箇所の背景から考えて参りましょう。

2.本論

イザヤ書38章と39章は、第二列王記20章とほぼ同じ内容です。イザヤ書の方がヒゼキヤの祈りが含まれていることなど、多少の違いがありますが、基本的には同じことが書かれています。イザヤ書38章はヒゼキヤ王が大病をしたというところから始まりますが、イザヤ書や列王記の話の流れからすると、ヒゼキヤは大病をする前に別の大きな危機を乗り越えていたということになります。なぜなら36章と37章では、紀元前705年に王位に就いたアッシリアの王セナケリブがユダ王国に猛攻撃を仕掛け、ユダヤの各都市は次々に陥落し、紀元前701年には聖都エルサレムもアッシリアの大軍に包囲されて風前の灯になったとされているからです。ところがヒゼキヤは、その絶体絶命のピンチから神の介入によって奇跡的に救い出されています。そのことが今日の箇所のすぐ前のイザヤ書37章36節に書かれています。

主の使いが出て行って、アッシリアの陣営で、十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな、死体となっていた。

アッシリア軍の大軍に包囲されて陥落のピンチにあったエルサレムは、一夜にして解放されたのです。イザヤ書を素直に読めば、まさにこの奇跡的な救出劇の後に、ヒゼキヤは大病をした、という風に読めます。ヒゼキヤとしては一難去ってまた一難、という具合です。しかし、実際にはどうもそうではないようなのです。むしろ、アッシリアのセナケリブによるユダ王国への猛攻撃の前に、ヒゼキヤの大病と奇跡的な治癒があったということです。つまりイザヤ書を実際の歴史の流れ通りに読むならば、38章、39章と読んで、それから36章、37章と続けて読むのが正しいということです。なぜそう言えるかと言えば、根拠は二つあります。一つは、病のヒゼキヤに神がある約束をしていることです。それは、「わたしはアッシリアの王の手から、あなたとこの町を救い出し、この町を守る」という約束です。しかし、37章から続けて読むならば、神はエルサレムをアッシリアから守ったばかりなのです。そしてアッシリア王はこの敗北に懲りてエルサレムを二度と攻めようとはしませんでした。ですから、この約束がアッシリアによるエルサレム攻略作戦の失敗の後にヒゼキヤに与えられたと考えるのは筋が通りません。

もう一つの根拠は、バビロンの王メロダク・バルアダンがヒゼキヤの快癒を祝って使節を送っていることです。このメロダク・バルアダン王は紀元前702年、つまりアッシリアによるエルサレムの包囲の前年に世を去っています。ですから、ヒゼキヤに使節を遣わしたのがアッシリアによるエルサレム包囲の後であるはずがないのです。この二つの根拠から、イザヤ書38章と39章の出来事は36章と37章に書かれている出来事、すなわちセナケリブ王によるエルサレム包囲に先立つ出来事だということになります。順番がひっくりかえっているのです。そのことを頭に入れながら、今日の箇所を読んでいく必要があります。

では、ヒゼキヤに使節を送ったメロダク・バルアダンというバビロンの王はどんな人物だったのでしょうか。当時のバビロンは超大国であるアッシリア帝国と比較すれば小国に過ぎませんでしたが、なんとかアッシリアの支配から脱して独立しようと悪戦苦闘しているところでした。メロダク・バルアダンは一度はアッシリアに敗れて亡命していたのですが、アッシリア王サルゴンが紀元前705年に死んでアッシリアの政情が不安定になると、再びアッシリアからの独立を目指して活発に外交活動を始めました。諸外国と同盟を結んで、アッシリアのくびきから脱しようとしたのです。ですから、彼が病の癒えたユダ王国のヒゼキヤ王にお祝いの使節を送ったのは単なる社交辞令的なものではなく、むしろ反アッシリア同盟に加わるように持ちかけるためだったのです。こうした大きな国際情勢のうねりの中で、今日のみことばを考えていかなければなりません。

では、38章1節から読んで参りましょう。病の床にあったヒゼキヤ王に、預言者イザヤが非情とも思える預言の言葉を与えるところから場面は始まります。イザヤはこう言います。

主はこう仰せられます。「あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。」

つまり、イザヤは王に「終活をせよ。あなたは不治の病なのだ」、という神の託宣を伝えたのです。今の時代も、不治の病にある人に告知するかどうかというのは非常に繊細な問題なのですが、イザヤは容赦なくはっきりと王に告知しました。その言葉を聞いたヒゼキヤは泣き崩れ、必死に神に祈りました。彼はこう言いました。

ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。

ヒゼキヤは、確かに主に熱心な王でした。彼の父アハズが異国の神々への礼拝をイスラエルに広めましたが、ヒゼキヤはそれを撤回してイスラエルの神への信仰を回復させるために努めてきました。神もその姿を見てこられました。そして神は涙にくれるヒゼキヤを憐み、死の宣告を撤回すると決められました。これは驚くべきことです。神が一度決められたことを、撤回することがあるのかと。しかし神は憐み深いお方です。一度決められたことを変えてくださるというのはあり得ることなのです。

神はヒゼキヤの下に再び預言者イザヤを遣わし、二つのことを約束されます。一つは、ヒゼキヤにあと15年の寿命が与えられること、もう一つは主が必ずアッシリアからエルサレムを守るという約束でした。しかも二つ目の約束はヒゼキヤの願いに応えたものではなく、神からの全くの恵みとして与えられた約束でした。南ユダ王国の兄弟国である北イスラエル王国は紀元前722年にアッシリアによって滅ぼされており、南ユダ王国も大国アッシリアへの不安におののいていました。その脅威からかならずあなたとあなたの国を守ると神は約束されたのです。

イザヤから神の言葉を聞いたヒゼキヤはその言葉が確かであることのしるしを求めました。そのことはイザヤ書では癒しがなされた後の22節にヒゼキヤがしるしを求めたと書かれていますが、列王記では順序が違っていて、しるしを求めるヒゼキヤの願いに応える形で日時計の奇跡があったということになっています。おそらく列王記の方が順序としては正しいのでしょう。つまり、22節を7節の前に持って来るとよく意味が通じるということです。ここで神のしるしを求めたヒゼキヤの態度は、彼の父アハズとは対照的でした。

かつてアハズ王は、周りの国々から包囲されて攻められるという危機に際して恐れおののきましたが、そのアハズに対してイザヤから主を信頼しなさい、主が外敵からあなたとあなたの国を守ると言いました。イザヤは信仰の大切さを強調してこう言いました。「もし、あなたが信じなければ、長く立つことはできない」と(7:9)。さらにイザヤは。神の約束が確かであることの証しとして、神にしるしを求めなさい、とアハズ王に言います。けれどもアハズ王はそれを拒否しました。彼は口では「主を試みません」と言いましたがそれは本心ではなく、むしろ彼は神を信頼したくなかったのです。彼は見えない神よりも、目に見えるアッシリア帝国を信頼することを選び、アッシリアの王に「わたしを救ってください」と願い出て、アッシリア王の力で外敵から守ってもらいました。その結果、ユダ王国はアッシリアの属国となり、アハズ王がアッシリアの宗教を取り入れることを決めたのでユダ王国にはアッシリアの宗教が流行るようになってしまいました。その状況を逆転させることに心血を注いできたのが息子のヒゼキヤだったのです。そしてヒゼキヤは父アハズとは異なり、神のことばが確かであることのしるしを求めました。するとその時、聖書の中でも最も驚くべき奇跡の一つが起きました。それは日時計が逆の方向に十度戻る、つまり太陽が逆の方向に動くという奇跡でした。もちろん太陽の周りを地球が回っているのであってその逆ではないので、太陽が逆方向に動いたように見えるということは地球が逆の方向へ動いたということなのでしょう。または別の説明もあり得るとは思います。いずれにせよ天の運行が変えられたと思わせるほどのとんでもない奇跡が起こったのです。

ここで神がヒゼキヤに与えたものの大きさは本当に驚くべきものです。神はヒゼキヤに寿命の延長を与え、彼の王国の安全を保障し、さらには天の運行を変えるという奇跡さえ与えたのです。それらの大きな恵みに感動し、ヒゼキヤは神への賛歌を歌います。その内容が10節から20節までです。

さて、ここまでは素晴らしく感動的な話なのですが、39章に入ると様相が一変します。ヒゼキヤが死ぬほどの大病から奇跡的に助かったという話を聞いたバビロンの王メロダク・バルアダンは、ヒゼキヤに手紙と贈り物を送りました。この手紙というのは通り一遍の挨拶状ではなく、ユダ王国に反アッシリア連合に加わるように促す秘密文書であったことは間違いないものと思われます。かつてヒゼキヤの父であるアハズ王は、兄弟国の北イスラエル王国などから反アッシリア連合に加わるようにとの圧力を受けましたがそれを拒否し、むしろアッシリアに頼ることに決めました。しかし、その子であるヒゼキヤは父とは正反対の決断をしたものと思われます。つまり、ヒゼキヤは、バビロンからの反アッシリア同盟に加わるようにとの依頼を受諾したということです。彼はバビロンへの信頼の証し、同盟の誓いの証しとして自らの手の内をさらすという行動に出ました。彼はユダ王国にはどれほどの武器や軍資金があるのかを、同盟国となるバビロンに示したのです。

そのことを知ったイザヤは落胆し、また怒りました。ヒゼキヤは何も学んでいないのか、と。ヒゼキヤは、すでに神からあなたの国を守るという約束を受けていました。それなのに、なぜ他国の力を当てにする必要があるのでしょうか。神の約束だけでは十分ではないとでもいうのでしょうか。この行動はヒゼキヤの不信仰の表れでした。実はヒゼキヤはかつて同じ過ちを犯したことがあったのです。父アハズから国を引き継いだばかりの頃のヒゼキヤは、アッシリアの支配から逃れたいと強く願っていました。しかし、その時彼がより頼んだのは神ではなくエジプトだったのです。そのことをイザヤは、30章1節から2節でこう言っています。

ああ、反逆の子ら。―主の御告げ-彼らははかりごとをめぐらすが、わたしによらず、同盟を結ぶが、わたしの霊によらず、罪に罪を増し加えるばかりだ。彼らはエジプトに下って行こうとするが、わたしの指示をあおごうともしない。パロの保護のもとに身を避け、エジプトの陰に隠れようとする。

イザヤ書31章1節にも、同様のことが書かれています。

ああ。助けを求めてエジプトに下る者たち。彼らは馬にたより、多数の馬車と、非常に強い騎兵隊とに拠り頼み、イスラエルの聖なる方に目を向けず、主を求めない。

イザヤはヒゼキヤの父アハズ王に、近隣の大国に頼るのではなく神に頼りなさいと口を酸っぱく警告しましたが、アハズはその忠告を聞かずにアッシリアに走ってユダ王国をアッシリアの奴隷にしてしまいました。その奴隷状態からの解放をヒゼキヤは求めたのですが、その彼も神ではなくエジプトに走りました。それを見ていたイザヤは深く失望したことでしょう。しかし、いざパレスチナの国々がアッシリアに反旗を翻して戦った時にはエジプトは様子見を決め込み、それらの国の一つのアシュドデ王が破れてエジプトに逃げ込むと、エジプトはなんとその王をアッシリアに差し出すことすらしました。エジプトは全く頼りにならない同盟国であり、エジプトとの同盟はまさに「よみとの同盟」(28:15)だったのです。

ヒゼキヤはこの苦い失敗に懲りて、今度こそ神のみに信頼すべきでした。しかも彼は神から「わたしはアッシリア王の手から、あなたとこの町を救い出し、この町を守る」という約束の言葉を与えられ、さらにはその約束が真実であることの証として信じられないようなしるしも与えられていたのです。それなのに、彼は神よりもバビロンとの同盟を選んでしまいました。イザヤと、そしてイザヤを遣わした神はその態度に激しく怒り、最大限の厳しい言葉で叱責し、最悪の未来を示しました。イザヤは言いました。

万軍の主のことばを聞きなさい。見よ。あなたの家にある物、あなたの先祖たちが今日まで、たくわえてきた物がすべて、バビロンに運び去られる日が来ている。何一つ残されまい、と主は仰せられます。また、あなたの生む、あなた自身の息子たちのうち、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者があろう。

これは最悪の未来図でした。普通ならこんなことを聞いたら真っ青になるところです。しかしヒゼキヤは平然とこう言い切りました。

あなたが告げてくれた主のことばはありがたい。

なんという鉄面皮な答えでしょうか。反省するどころか、それがどうした、というような態度です。しかもそのような答えをした理由がさらに恐ろしいものでした。ヒゼキヤは「自分が生きている間は、平和で安全だろう」と思ったというのです。自分が生きている間さえよければそれでよい、後は野となれ山となれだ、という恐るべき態度です。こんな王がどうして「彼のあとにも彼の先にも、ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった」と列王記の記者から評価されたのか理解に苦しむところです。これはきっと皮肉なのだろう、と思ってしまいます。イザヤが彼に厳しい評価を下していたのは、イザヤ書がヒゼキヤについての一連の話をアッシリアからの奇跡的な救出ではなく、この木で鼻をくくったようなヒゼキヤの言葉で結んでいることからも明らかなように思えます。しかも、神はこのような無礼者であるヒゼキヤに対しても誠実であり続けました。その後ヒゼキヤはどうなったかといえば、バビロンと同盟を結んだことがアッシリアの逆鱗に触れることになり、ユダ王国はアッシリアの新しい王であるセナケリブの猛攻を受けることになります。ユダの主要都市が次々に陥落し、エルサレムも絶体絶命のピンチに陥ったとき、神はヒゼキヤに与えた約束通りに彼とエルサレムを救い出しました。しかし、実際は神はヒゼキヤの祈りに応えたのではなく、彼の父祖であるダビデとの約束のためにそうされたのかもしれません。イザヤ書37章35節にこうあるからです。

わたしはこの町を守って、これを救おう。わたしのために、わたしのしもべダビデのために。

神はヒゼキヤの為ではなく、ダビデのためにエルサレムを救うと言われました。神は、遠い昔にダビデと交わした約束を果たすために、今回はエルサレムを守ってくださったのです。こうしてみると、ヒゼキヤの物語から浮かび上がってくるのは神の誠実さと人間の不誠実とのコントラストなのだ、と言えるのではないでしょうか。信仰の人と称えられたヒゼキヤも、イザヤの目から見れば不誠実な王だったということです。

3.結論

まとめになります。ユダ王国の中でも例外的なほど敬虔な王だとされているヒゼキヤが実際にはどのような人物だったのか、ということを学んできました。確かに彼は父王であるアハズの過ちを正すために努力をしましたし、神もそれを認めておられました。しかし彼は肝心なところではアハズの過ちを繰り返してしまいました。つまり神ではなく、人の力に頼ろうとしたことです。神に信頼せず、むしろ同盟国の力を利用して自分の野心を遂げようとしました。ここに彼の信仰の弱さが如実に表れています。

私たちもこのヒゼキヤの行動からいくつかの教訓を得ることができるでしょう。私たち日本も、ある意味で当時の南ユダ王国のような国際環境にあります。ユダ王国はアッシリア、エジプトという大国に挟まれ、また新興国であるバビロンからの影響も受けていました。日本もアメリカと中国という大国に挟まれ、しかも北朝鮮やロシアという、友好的とは言い難い国々に囲まれています。そんな中で今の日本が取ろうとしている戦略は平和憲法を捨ててアメリカにひたすら追従しようというものです。今や日本はとうとう武器輸出三原則を変えて、他国の紛争に介入しようとしています。いずれはアメリカ軍の一部となって、中国に対峙していこうという勢いです。しかし、日本はいわゆるキリスト教国ではありませんが、日本の平和憲法は世界でもイエスの教えに最も近い憲法なのです。そのイエスの教えを捨てて、ヒゼキヤが近隣の大国に走ったようにアメリカに走ることが果たして本当に良いことなのか、この国のクリスチャンは真剣に考える必要があります。

また、イザヤから告げられた裁きの言葉を、自分とは関係のない遠い未来の話だからと、柳に風と受け流したヒゼキヤの態度は今の日本とも重なって移ります。例えば原発の問題です。今日のエネルギー危機に際して、原発再稼働やむなしという機運が強まっています。しかし、原発から生まれる膨大な核のゴミをどうするのかという問題は全然解決されていません。未来の人たちがなんとかしてくれるだろうという、要は付け回しをしているだけです。しかも核のゴミが安全になるには10万年が必要だとされています。人類が存続しているかもわからない遠い未来の話です。いま膨大な数の核のゴミのガラス固化体が青森の六ケ所村に備蓄されていますが、青森県は最終処分場になることを決して認めていません。未だに宙ぶらりんの状態で、だれも責任を取ろうとはしません。そんな危険な核のゴミを押し付けられる私たちの子孫の苦労について、もう少し真剣に考えるべきではないかと思うのです。また、日本の場合は国の借金の問題があります。今や日本の借金は1200兆円で、一年間の税収の20倍以上という天文学的な数字になっています。毎年の税収を全部借金返済に充てても、20年以上かかる計算になります。しかもその国債の半分を日銀が保有しているのです。もう民間では支えきれないので、国の借金を国の中央銀行が買い取るという悲惨な状態になっているのです。しかし、いつまでもこんなことを続けてはいられません。この国債返済の重荷も、私たちの次の世代の責任になります。彼らは自分がしたわけでもない借金の返済に苦しまなければならないのです。しかも、その刻限は刻一刻と狭まっているのです。

こういう大きな問題を話しても、「私たちにはどうしようもないじゃないか。そんなことを心配しても仕方がない」という答えが返ってきます。しかし、核のゴミも国の借金も私たちが無視すれば消えてなくなるわけではなく、確実に子孫に負の遺産として受け継がれていきます。ユダ王国の人々がそれから後に亡国というつけを払ったように、日本においても次の世代の人たちがこのつけを払うことになります。そのような無責任な話にしないためにも、私たちはヒゼキヤのように開き直ることなく、真摯にこうした問題に向き合いたいと願うものです。私たちが日本においてキリストの福音を宣べ伝える必要があるのは、こうした問題に無感覚になってしまった日本の人々を目覚めさせる、神から被造物をお預かりしていることの責任の重大さを自覚させるためでもあります。このために、一層福音伝道に励んで参りましょう。お祈りします。

天地万物の創造主であり、歴史を導かれる神様、そのお名前を讃美します。今朝はイザヤ書から、名君と謳われたヒゼキヤ王の信仰を学びました。しかし彼もまた、神への完全な信仰に生きたと言うには程遠い人物でありました。私たちも彼を笑うことは出来ません。私たちもまた、神よりも目に見える力に頼ろうとしているからです。どうか、私たちに勇気を与え、イエスの教えに従って歩む力をお与えください。われらの救い主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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