律法学者とパリサイ派
マタイ福音書9章1~38節

1.序論

みなさま、おはようございます。マタイ福音書を読み進めていますが、今日はかなり長い箇所を扱います。これまでは比較的短い箇所からメッセージしてきましたが、今日は9章丸ごとで、そこにはいくつものエピソードが含められています。

今回の場面の主役はもちろんイエスですが、同時にヒール役というかイエスの敵役として登場してくる人たちがいます。それが律法学者やパリサイ派です。ただ、律法学者とパリサイ派と一言にいっても、彼らは一枚岩ではなく、様々なタイプの人たちがいました。イエスに敵対するのはなく、ひそかに支持する人もいれば、公然と支持する人もいました。福音書にも、実際にそのような人たちが登場してきます。しかし、今回の箇所に出てくる律法学者やパリサイ派はみなイエスに反対する人たちです。根拠のない誹謗中傷をする人までいます。こういう姿を見ると、当然私たちの律法学者やパリサイ派への見方は悪くなります。この人たちは曲がった人たちだ、悪い人たちだ、という見方になっていきます。しかし、ここで一歩立ち止まって考えてほしいのです。本当に律法学者やパリサイ派はそんなに悪い人たちなのでしょうか。確かに、イエスの人気を妬んで、やっかみでイエスの足を引っ張ろうとした人たちもいたでしょう。そういう理由でイエスを攻撃した人たちの肩を持つ気はまったくありません。しかし、律法学者やパリサイ派たちにも彼らなりの正義があり、その正義に基づいてイエスを批判した人たちもいたのです。その正義は何なのかということを理解しないと、私たちは単に律法学者やパリサイ派は悪なのだと、いわばレッテルを貼ることになります。しかし、それではよくないと思います。彼らは彼らなりに、イエスの行動に問題を見出したから批判したのです。その批判が的外れだったかどうかは、彼らが見出した問題について考えなければ判断できないのです。私たちはクリスチャンですから、自動的にイエス様の言うことやなさることはすべて正しく、イエスを批判する人はだれであれ悪いと考えます。しかし、一歩立ち止まって相手の立場で考えるというのも必要だということです。

そもそも律法学者やパリサイ派はどんな人たちだったのでしょうか?大事なことは、彼らはお金めあてで行動した人たちではないということです。お金がすべての現代人からみれば、むしろ彼らは本当に尊敬すべき人たちでした。なぜなら彼らはお金を取らずに、ただで貧しい民衆に律法を教えてあげたからです。今日の日本で、貧しい家庭の子供たちに無料で勉強を教えてくれる人たちがいたら、みんなから尊敬されますよね。塾や家庭教師は高額ですから、本当にありがたいことです。そして、パリサイ派や律法学者はまさにそういう人たちだったのです。ユダヤの人たちは、みな神を敬う人たちですので、神がモーセを通じてイスラエルに与えた律法を、神の御心、神のご意思として敬い、実行したいと願っていました。しかし、律法を実行するのは簡単ではありません。律法には「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ」という教えがあります。しかし、安息日を聖なる日とせよというのは具体的にはどういうことなのでしょうか。聖なる日とせよとは、特別な日とせよということです。特別だから、ほかの六日間とは別の行動をする必要があるのですが、別の行動とは何でしょうか?平日は食事を作っているので、安息日は作ってはいけないのでしょうか?多くのユダヤ人はそう考え、安息日の前に食事を作り置いていて、安息日には料理をしないようにしていました。では、医療行為はどうなのか?医療行為は平日だけにすべきなのか、しかしそのために病気が悪化して死んでしまったらどうするのか?という切実な問題が生じます。一般のユダヤ人にはこういうことは判断できなかったので、律法学者たちはこれらの事柄についてガイドラインを作ってくれたのです。しかも無料で、です。これはすごいことです。ガイドラインを作るのは大変なことです。当然に報酬を得るべきものなのに、それを無料でやってくれるのです。律法学者たちは手に職をもっていましたから、彼らは大工などの仕事の傍らでこういう奉仕をしてくれたのです。すごいですよね。私のような、みなさまから謝儀をいただいて牧師をしている人からすれば、律法学者は本当にすごい人たちだと思います。イエスのお弟子さんたちは仕事をやめて、信者さんたちから援助を受けて伝道していたのですが、律法学者たちは仕事をつづけながら人々に教えてあげていたのです。この意味でも、律法学者というのは実に尊敬すべき人たちだということになります。

では、そんな立派な人たちがなぜイエスを批判したのでしょうか?そのことを今日のみ言葉から見ていきましょう。

2.本論

まずは3節です。イエスは中風の人を癒しました。この癒しの行為自体には律法学者は何の文句もありませんでした。むしろ賞賛したでしょう。しかし彼らが疑問に思ったのは、その時にイエスが語った言葉でした。それは、「あなたの罪は赦された」という言葉でした。ここで注意したいのは、イエスは「私はあなたを赦す」と言っているわけではないことです。「赦された」という受動態で語っているので、赦す主体は誰だか明記されていないということです。しかし、イエスの言葉を聞いた人たちは、「私はあなたを赦す」とイエスが語ったのではないことを理解していたでしょう。赦すのは神です。それは当たり前のことでした。イエスは、「あなたの罪は神によって赦された。だから治ったのだ」と語っているのです。イエスは自分が神だと主張したわけでもなければ、自分があなたを赦したと言っているわけでもないのです。そこには神を冒涜するものは何もありません。では、なぜ律法学者はイエスの言葉に疑問を抱いたのでしょうか?それは、人の罪が神に赦されるためには、聖書の定める正しいプロセスがあったからです。旧約聖書にはレビ記という書があり、そこにはどうすれば罪を犯した人の罪が赦されるのか、その方法が書かれています。それは神殿で犠牲を献げることを通じてです。律法学者たちは、イエスがその手続きを踏まずに、いきなり罪が赦されたと宣言したことに疑問を呈したのです。「この人は聖書の教えを無視するのか」という疑問を抱いたのです。ですからこの律法学者たちは、今日でいえば聖書を重んじて聖書に忠実であろうとする福音派の人たちだということになります。今日の福音派が聖書の権威を軽んじる人たちを激しく攻撃するように、律法学者たちもイエスが神を、神の言葉である聖書を軽んじているのではないかという疑いを持ったのです。それが彼らなりの正義です。しかし、イエスはそのような言葉に対して、罪の赦しのプロセスを定める聖書を超える権威を私は持っていると主張しました。これは律法学者には受け入れがたい主張だったでしょう。聖書が神の言葉ならば、それを超える権威などあるはずがないではないか、というのが律法学者たちの抱いた思いでした。私たちはイエスを信じていますから、彼の主張を受け入れますが、その主張を受け止めきれなかった律法学者たちの気持ちも理解はできます。これが、律法学者たちの第一の躓きでした。

そして、第二の躓きが9節以降に書かれています。今度はイエスが取税人たちと食事をしていることにパリサイ派たちが異議を唱えたのです。このことも、取税人という人たちがどういう人たちであるかを知れば理解できます。取税人は、ユダヤやガリラヤの地を支配していたローマ帝国に代わって税金を取り立てる人たちでした。しかも、ローマ帝国は彼らに手当、給料を払わなかったのです。給料もらわないのにどうやって生活したんだ、と思うかもしれませんが、それはピンハネをしたのです。つまりローマは10%の税金を取り立てるように命じるのですが、そこで12%や15%を取り立てて、その上前の2%や5%を自分のポッケに入れたのです。給料をもらえないから仕方がないですよね。そしてローマもそれは自由にやらせていたのです。税金さえしっかり集めれば、上前は好きなだけ取ってもよし、というのがローマのスタンスなのです。ですから取税人の中には、暴力団みたいな人を雇って人々から税金を力づくで集めている人もいました。ですから当然一般の人々は取税人を嫌います。そんな取税人と一緒に仲良く食事をしているイエスのことを、パリサイ派の人たちが疑いの目で見たのも無理からぬことでした。パリサイ派は、彼らなりの正義感でイエスの行動を批判したのです。もちろんイエスも、そうした取税人の在り方をよしとしていたのではなく、むしろ彼らを悔い改めさせようとしていたのですが、そういうイエスの意図が分からないパリサイ派からすれば、イエスのやっていることは良識を疑うことでした。しかし、イエスはそうした疑問に正面から向き合い、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」と答えています。イエスは、取税人をありのままで問題なしとして受け入れているのではありません。彼らのことを病人と見なし、治療が必要だと語っているのです。ですから、パリサイ派が懸念したように、イエスは決して取税人を無批判に受け入れたわけではないのです。ただし、このイエスの答えを聞いたパリサイ派がそれで納得したかどうかは分かりません。実際に、イエスと食事をしたあとの取税人が、ザアカイさんのように皆が悔い改めれば、それを見たパリサイ派は納得するかもしれませんが、取税人の人たちにも生活があります。彼らはそう簡単にそれまでのビジネスのやり方、つまりピンハネをやめられなかったかもしれません。そうなると、パリサイ派たちのイエスを見る目は相変わらず厳しかったのかもしれません。

さて、次の断食についての問答は、イエスの宣教の意味を理解するうえで重要です。パリサイ派の人は、バプテスマのヨハネは断食をしていたのに、なぜイエスとその弟子は断食をしないのか、と尋ねました。この質問をしたパリサイ派の人は、イエスとバプテスマのヨハネとの関係のことを良く知っていたのでしょう。イエスはバプテスマのヨハネから洗礼を授けられています。それだけ聞けば、普通に考えればイエスはヨハネの弟子なのか、と考えるでしょう。そのヨハネの弟子たちが断食しているのに、なぜイエスの弟子たちは断食をしないでパーティーばかりしているのか、という質問をパリサイ派はしたのです。この問いに対するイエスの答えはちょっと分かりづらいですね。花婿がどうとか、イエスは何を言いたいのだろうか、と思われるかもしれません。ここで考えるべきことは、断食とは何のためにするのか、ということです。断食は苦しいですよね、おなかが減っても何も食べないわけですから、当然苦しいことです。では、なんでわざわざそんな苦しいことをするのかといえば、それはそんな苦しい中で必死に神に願い求めるためです。神様に何か真剣に願うことがあるので、わざわざ自分を苦しい立場において、必死に神に願うのです。では、バプテスマのヨハネや弟子たちは何を神に願っていたのでしょうか?それは神の国が来ることです。その時が早まるようにとの願いから断食をしていました。では、なぜイエスたちは断食をせずに宴会を開いたのか。それは神の国がさらに近づいた、いや目前だと考えていたからです。神の国が来れば、その時には神の大宴会が開かれます。そうなれば、もう断食をする必要などありません。イエスは、まだ神の国は来てはいないけれど、しかしその到来はもうすぐだということを示そうとしたのです。ですから神の大宴会のいわばリハーサル、前味として人々と宴会を開いたのです。そして、神の国、新しい時代が始まるので、その新しい時代に合わせた新しい生き方、ライフスタイルが必要になります。イエスはそのことを新しい服、あるいは新しい皮袋に譬えて話しているのです。ですからこの問答から、イエスが神の国の到来が目前だったと考えていたことが分かるのです。律法学者たちからすれば、半信半疑だったかもしれません。ローマの兵士たちが威張っている状況で、本当に神の国が来るのか、どうやって来るのか、という疑問を抱いたことでしょう。

さて、これらの問答の後、イエスはさらに三つの驚くべき癒しを行っています。まず初めに、12年間も長血を患っていた女の癒しです。驚くべきことに、この女はイエスの着物のふさに触っただけでした。イエスに「癒してください」とお願いしたのではなく、むしろイエスが気が付かないようにそっとイエスに触っただけなのです。それなのに、彼女は癒されました。イエスの方には彼女を直そうという意思がなかったのに、癒されたのです。それはなぜか。それはイエスの力というよりも、その女の人が持っていた信仰の力が癒したといえるのかもしれません。イエス様がその力を彼女自身から引き出したとも言えます。イエスご自身が、「あなたの信仰があなたを直した」とおっしゃっています。私たちの信じる力というのはとても大きなものなのです。

次に、イエスはすでに死んでしまった少女をよみがえらせるという奇跡を行いました。これはものすごいことに思えるかもしれませんが、しかし実は前例のないことではなく、旧約聖書ではエリヤやエリシャが死んだ子供をよみがえらせるという奇跡を行っています。ですからイエスがこのような奇跡を行ったということは、イエスは旧約の預言者たちのように神から遣わされた方だということを示しています。ですからこのような奇跡を目の当たりにした律法学者やパリサイ派の人々は、イエスが神から遣わされた預言者だということを認めるべきでした。

さらには、イエスは三つ目の奇跡を行いました。それは盲人の目を癒すという奇跡でした。目が見えない人の目を開くという奇跡は、旧約聖書にも例がありません。まったく驚くべき奇跡です。このように、イエスは信じられないような奇跡を三つも続けて行いました。これだけのことができるのは、イエスに神の力が働いているからに違いないのです。律法学者やパリサイ派の中には、これらの驚異的なしるしを見て、イエスを信じた人もいたはずです。実際、これから後のマタイ福音書にはそういう人たちが出てきます。繰り返しますが、律法学者やパリサイ派の中にはイエスを信じた人もいるのです。

しかし、これほどの奇跡を見ても、パリサイ派や律法学者の中にはどうしてもイエスのことを認めたくない人たちがいました。ここで注意したいのは、みんながみんなイエスを拒否したのではなく、拒否した人も中にはいたということです。マタイはイエスを拒否した人たちをここで特別に取り上げているのです。彼らは自分たちこそ正しいと信じていました。自分たちこそ神に忠実な人たちだと信じていました。だから、彼らは自分たちとは違う存在を神から遣わされた方だと認めるわけにはいきませんでした。なぜなら、イエスを神から遣わされた方だと認めてしまうと、自分たちが神のしもべだという信念が揺らいでしまうからです。自分が特別な人間だという信念が揺さぶられてしまうからです。ですから彼らは何としてもイエスのことを否定しようとします。イエスはそれからさらに、悪霊どもを追い出して人々を救います。民衆はそれを見てイエスをますますほめそやします。しかし、それがどうしても認められないパリサイ派の人たちがいました。彼らは何と、イエスが神の力ではなく悪魔の王、魔王の力を使って悪霊たちを追い出しているのだというとんでもない誹謗中傷を言い出します。ここに彼らの悲劇があります。彼らは自分たちこそ正しいという思いが強すぎて、自分とは立場が違う人が、その人がどんなに素晴らしくて、どんなに偉大なことを行っても認められないのです。しかし、そのような過ちは私たちも犯してしまうかもしれないものだということを自覚したいのです。

3.結論

まとめになります。今回は、パリサイ派や律法学者たちことを考えてみました。彼らはイエスの言動に疑問を持ちました。そして、それには無理からぬ面があったことも指摘しました。別に彼らは心の曲がった人たちではなく、むしろイエスを理解できずに悪戦苦闘していた人たちだったのです。しかし、イエスの行う素晴らしい業を見て、イエスを信じた人たちもいたのです。ここは強調すべきことです。それでも、イエスが行う大胆な行動を理解できずに、そのためにイエスがどんなに素晴らしいことを行ってもそれを評価しようとせず、あろうことか悪魔の力を使っているのだとイエスを批判するようになってしまった残念な人たちもいました。みんながそうではなく、一部のパリサイ派の人がそうなってしまった、ということです。これは無茶苦茶な誹謗中傷なのですが、しかし私たちも人の振り見て我が振り直せという諺通り、こうしたパリサイ派をあざけったり非難する前に、自分にもそのような傾向がないだろうかと振り返るべきです。なぜなら、パリサイ派と同じように、クリスチャンも自分たちこそ正しいと固く信じ、自分たちと違う信仰を持っている人は悪い、悪いだけでなく悪魔だと批判することすらしてきた歴史があるからです。私たちは宗教改革を素晴らしいことだと考えています。しかし宗教改革には光と陰があります。ルターが宗教改革ののろしを上げた時から100年後、そのドイツで宗教戦争がはじまりました。カトリックとプロテスタントとの間の戦争で、その戦争は30年も続き、その結果ドイツは何と人口の三分の一を失ってしまいました。三分の一ですよ。まさに地獄絵です。同じクリスチャン同士が、どうしてそんなに恐ろしい殺し合いをしたのか。それは相手を悪魔のしもべだと信じたからです。宗教改革者たちはローマ教皇が反キリストであると信じていました。カトリックの人たちは悪魔だと信じたのです。だからカトリック教徒を殺すことに躊躇しなかったのです。カトリック側も同じです。プロテスタントは異端、神の道を捨てた者たちなので殺しても構わないと考えたのです。自分と違う信仰を持つ者を悪魔と呼ぶ姿勢、それはイエスのことを悪魔の力で悪霊を追い出していると信じ込んだパリサイ派と何が違うのでしょうか。私たちはこの聖書の記述から、また教会の歴史から、自分の信仰だけが正しいと信じ込むことの危険を学ぶべきです。私たちは、人をレッテル貼りしないようにしたいのです。それがこの分断の時代に必要なことです。主イエスもレッテル貼りをせずに、どんな人にも接しました。私たちもそのように歩んで参りましょう。お祈りします。

天におられます神様、そのお名前を賛美します。今日はイエスのことを理解できなかった、理解しようとしなかった一部のパリサイ派や律法学者の悲劇を学びました。しかし私たちもまた、そのような過ちを犯しやすい者であることも事実です。どうか私たちがそうした過ちに陥らないように守ってください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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