花嫁賛歌
雅歌:4:19-15
森田俊隆

今日は雅歌からです。この文書は、神信仰に関する表現は全くなく、単なる男女の恋愛詩のように見えます。それもかなりあけっぴろげに性的描写があるため、「性」については秘められたこととし、公に語ることが許されなかった時代には教会でこの文書を取り上げることさえタブーとされました。しかし、いろいろな議論はあったにしろ、ユダヤ教の聖書正典に取り入れられ、キリスト教会においても聖書正典の文書とはされてきました。ユダヤ教においてはこの男女の関係の描写が主なる神とイスラエルの民の関係を寓喩的に表現したものだと解釈し、キリスト教では主イエスと教会の関係を表現したものだと解釈し、聖書正典としての「雅歌」を合理化してきました。キリスト教の解釈は主なる神を主イエスに、イスラエルの民を新しきイスラエルたるキリスト教教会に置き換えたものです。根本的問題性はなぜユダヤ教の正典となったのか、という点です。雅歌を色眼鏡なしで読みますと、ここに描かれている花婿のイメージは旧約聖書の他のところで示される主なる神のイメージとは同一とは思えない大きな乖離があります。

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雅歌:4:19-15
森田俊隆
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