中原キリスト教会 https://domei-nakahara.com 調布 深大寺のプロテスタント教会 Sun, 16 Feb 2025 05:01:19 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.3.18 https://domei-nakahara.com/wp-content/uploads/2020/03/cropped-favicon-32x32.png 中原キリスト教会 https://domei-nakahara.com 32 32 信仰と救い第一ペテロ1章1~12節 https://domei-nakahara.com/2025/02/16/%e4%bf%a1%e4%bb%b0%e3%81%a8%e6%95%91%e3%81%84%e7%ac%ac%e4%b8%80%e3%83%9a%e3%83%86%e3%83%ad1%e7%ab%a01%ef%bd%9e12%e7%af%80/ Sun, 16 Feb 2025 05:00:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6177 "信仰と救い
第一ペテロ1章1~12節" の
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1.序論

みなさま、おはようございます。これまで毎月の月末はヤコブの手紙を学んで参りましたが、その講解説教も終わりましたので、これからはペテロの手紙第一を読み進めて参ります。今日は月末ではなく、第三週ですが、本書簡に親しむためにも、今月だけは二回連続して本書簡から説教させていただくことにしました。

この手紙の著者は、冒頭にあるように「使徒ペテロ」だと明記されています。つまり、イエスの十二使徒筆頭のシモン・ペテロだということです。しかし、ヤコブの手紙と同じく、このことについて研究者たちは疑問視しています。なぜかといえば、主の兄弟ヤコブの場合と同様に、無学の漁師だったシモン・ペテロがギリシア語の読み書きが出来たとはとても考えられないからです。また、この手紙の冒頭で「使徒ペテロ」よりと書いていますが、ペテロというのは本名ではなくあだ名です。マタイ福音書によれば、主イエスはペテロに対し、あなたは岩だ、あなたの上に教会を建てると言われたのですが、この岩はアラム語で「ケファ」といいます。イエスはシモンのことを名前ではなく「ケファ」というニックネームで呼んでいたのです。そして「ケファ」をギリシア語に翻訳すると「ペテロ」になります。つまりペテロとは日本語で言えば「岩」というあだ名なのです。例えば吉田さんという方が「石頭」というあだ名で呼ばれているとします。その方が真面目な手紙を書くときに、「イエスの僕である石頭から」などと書くかというと、ちょっと考えられないですよね。ですから本書簡の書き手が自分のことを使徒シモンではなくペテロと名乗っているのは、かなり不自然なことなのです。

ただ、ペテロにはマルコのような通訳がついていましたし、当時の手紙というのは本人ではなく書記が書くということが広く行われていましたので、本書簡のギリシア語を直接ペテロが書いたとは考えられないものの、彼と非常に親しいギリシア語に堪能な弟子が、ペテロの指示で彼の語るアラム語を翻訳して書簡にしたということはあり得ることです。私の個人的な考えでは、おそらくペテロが天に召された後に、彼の弟子の一人がペテロの教えに基づいて書いたのがこの書簡ではないかと思います。「ペテロ」というあだ名を使ったのは、それが彼の呼び名として一番有名だったからでしょう。ただ、どういう経緯で書かれたにせよ、本書簡は正典に相応しい内容を備えた優れた書簡です。じっくりと読み進めていきたいと考えています。

ヤコブの手紙の最初の説教タイトルは「信仰と忍耐」で、本書簡の最初の説教は「信仰と救い」です。どちらも信仰ということを非常に大切な事柄として取り上げています。そして、この二つの書簡のテーマもお互いとてもよく似ています。それは、ヤコブもペテロも「試練を乗り越える忍耐強い信仰が救いをもたらす」ということを語っているからです。ですから、この説教メッセージもヤコブの手紙と同じく「信仰と忍耐」にしてもよかったくらいです。このことは、ヤコブの手紙もこの第一ペテロも同じような問題に直面していた共同体に書かれたということを示しています。彼らの直面していた問題を端的に言えば、困難や迫害に直面していたということです。ペテロもヤコブも、この困難な状況を「試練」だと捉えて忍耐強くあるようにと読者に促しています。彼らがイエスを信じるようになった動機は様々でしょう。しかし、彼らはイエスについて語られていることが真実だと信じ、そしてイエスを信じるようになったのです。しかし、そのために彼らと周囲の人々との間に軋轢が生じました。周囲の人々の無理解や敵意に直面して、本当にこの信仰を持ってよかったのだろうかという動揺や不安が生じるのはごく自然なことです。そうした人たちを励まし、力づけるためにヤコブやペテロは手紙を書いたということです。

他方で、ヤコブの手紙と第一ペテロとの間には明確な違いがあります。それは、ヤコブの手紙がユダヤ人キリスト者に向かって書かれたのに対し、この第一ペロ書簡は明らかに異邦人に対して書かれているということです。ヤコブの手紙と第一ペテロの手紙の宛名は一見すると似ていますが、実際には大きく異なるということです。ヤコブは「国外に散っている十二部族」に対して手紙を送っています。十二部族とはイスラエルの十二部族のことで、ユダヤの地以外で暮らすイスラエル人はディアスポラと呼ばれていました。ディアスポラとは離散の民、あるいは移民という意味です。ヤコブは世界各地に散らばっていた同胞のユダヤ人に対して手紙を書いたということです。

それに対してペテロはというと、小アジア、現在のトルコに当たる地域ですが、そこに「散って寄留している」人々に手紙を書いています。ギリシア語の原文ではまさに「ディアスポラ」という言葉が使われていますが、そのような離散の民が宛名になっています。しかし、ペテロが手紙を書いている相手は離散したユダヤ人ではあり得ないのです。なぜそう言えるかといえば、2章10節にこう書かれているからです。

あなたがたは、以前は神の民ではなかったのに、今は神の民であり、以前はあわれみを受けない者であったのに、今はあわれみを受けた者です。

ここでペテロは手紙の宛先人について「以前は神の民でなかった」と書いています。つまり、彼らは以前からずっと神の民であったユダヤ人とは違う人々、異邦人だということです。

これに関連してもう一つ大事なことは、ペテロが手紙を送ったのは文字通りの意味でのディアスポラ、移民ではなかったという点です。ペテロはここではディアスポラという言葉を比喩的な意味で用いています。つまり、実際に祖国を離れて外国に行って移民となった人々ではなく、同じ土地に留まりながらも、周囲の人たちからはまるで外国人であるかのように扱われるようになってしまった人たちだということです。どういうことかと言えば、彼らは今まで周囲の多くのギリシア・ローマ世界の人たちと同じように、ローマ皇帝や様々な神々を拝んでいたのに、イエスを信じるようになってからはこれらの礼拝行為を偶像礼拝として止めてしまったからです。日本でも、先祖代々伝わってきた宗教やお祭りを拒否すれば、家族や一族と大変な軋轢が生じ、酷い場合は村八分になってしまいますが、彼らもそうした状況に置かれてしまったということです。彼らは周囲の共同体の人々から、移民である外国人のように扱われるようになってしまったということです。そのような辛い立場に置かれた小アジアにいる異邦人信徒に書かれた手紙がこの第一ペテロなのです。では、さっそくこの手紙を読んで参りましょう。

2.本論

まず1節ですが、ペテロはこの手紙をポント、ガラテヤ、カッパドキア、アジア、ビテニアの人々に送っています。これらはすべて小アジアの地名です。あの異邦人の使徒パウロがガラテヤの教会を建て上げた地域ですね。使徒パウロはガラテヤの人々に対して有名な「ガラテヤ人への手紙」を書き送っていますが、ペテロの手紙の受け手の一部もそれとは重なり合う人たちだと思われます。ペテロは彼らのことを寄留者と呼んでいますが、これは文字通りの寄留者という意味ではありません。その意味は、ヘブル人への手紙の著者が言うように、彼らは「地上では旅人であり寄留者である」(ヘブル11:13)ということなのです。クリスチャンとなった人々は、天国を目指して歩む旅人、地上世界に一時的にとどまる寄留者だということです。クリスチャンとなった彼らは寄留者という不安定な立場にありますが、しかし同時に彼らは神から「選ばれた」人たちでもあります。彼らは神の予知によって選ばれたとペテロは記しています。この「予知」という言葉はギリシア語のプログノーシス、文字通りには「前から知る」という意味ですが、彼らは神からあらかじめ知られていた人たちだということです。つまり彼らが神を見つけて選んだのではなく、神の方が彼らをあらかじめ知っていて選んだということです。

神はあらかじめ知っていた人たちをご自身の者とされるために、聖霊と御子イエス・キリストを彼らに遣わします。「聖霊の聖めによって、イエス・キリストに従うように」という言葉は何を言っているのは非常に分かりづらい表現ですが、ギリシア語の原文を読めばよく分かります。原文を直訳すると「聖霊の聖別によって従順へと」となっています。聖別と従順がキーワードです。聖別とは、区別される、取り分けられるという意味ですから、神に選ばれた人たちは、他の人たちから取り分けられた人たち、聖別された人たちだということです。そして彼らが他の人たちと区別されるのは、聖霊を受けることによってです。ですからここの「聖霊の聖め」とは、「聖霊を受けることで他の人たちとは区別される」というような意味です。

では、なぜ彼らは他の人たちから取り分けられたのか?それは従順であるため、神に従うためです。神に選ばれたエリートだから偉いんだ、というような話ではなく、むしろ神に選ばれることで神に従う義務を負った人たちだということです。使徒パウロも自らの使命を異邦人を「信仰の従順」に導くことだと言いました。単に神を信じるだけでなく、神に従うこと、これが信仰の従順の意味です。私たちは神から選ばれたと喜ぶ際に、神に従う義務を同時に負っているということを忘れないようにしたいものです。

そして私たちが神の者とされるためには、私たちは清められる必要があります。清いというのはHolyではなくCleanのほうです。この違いについては来週詳しくお話ししますが、神様は清い方なので、私たちが神様の所有とされるためには私たちは罪の汚れから清められる必要があるのです。そこで私たちに必要なのが「イエス・キリストの血の注ぎかけ」です。これも一体何を言っているのか訳が分からないと思います。汚れから清められたい人が、他の人の血を振りかけられたら、ますます汚れてしまうではないか、というのが普通の感覚ですよね。しかし、ここはユダヤ教、旧約聖書の知識が必要になります。旧約聖書では、神殿など聖なるものを清めるために、屠られた動物の血を降り注ぐということをします。動物の血には、清めの効果があると信じられていたからです。クリスチャンは、生ける神殿であるというのが聖書の教えです。神殿とは神様の家ということであり、クリスチャンの体は神である聖霊の住まわれる家です。私たちの心身を聖霊なる神の家とするために、キリストの血は私たちを罪の汚れから清めてくださるのです。

ペテロは、そのように神に選ばれた異邦人たちの恵みと平安を祈ります。使徒パウロもその書簡の中で異邦人信徒たちのために常に「恵み」と「平安」を祈りますが、初代教会の使徒たちにとってこの二つの言葉が非常に大切だったのが分かります。

3節にも、とても大切なことが書かれています。それは、私たちが新しく生まれるために、神はキリストを死者の中からよみがえらせてくださったということです。つまり私たちの新生と、キリストの復活との間には深い関係があるということです。しかし、私たちが新しく生まれることと、イエスの復活との間にどんな関係があるというのでしょうか?ここで改めて「新生」という言葉の意味を考えてみましょう。これは、よくよく考えるとすごい言葉ですね。というのは、私たちが新しく生まれるためには、一度死ななければならないからです。生きたままでは、もう一度生まれることはできないからです。新生のためには「死」が必要だということです。ですから新生しなさいというのは、過激な言い方をすれば一度死になさいということでもあるのです。キリストが死んでよみがえったように、私たちもキリストと共に死んで、共によみがえらなければならないのです。このことは、ペテロ以上にパウロが強く主張していたことです。ローマ書6章4節をお読みします。

私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

とはいえ、キリストと一緒に死ぬとはどういうことなのか?と思われるかもしれません。パウロはここでバプテスマの儀式がキリストと共に死ぬことを示す儀式だと言っていますが、洗礼だけでなく十字架のイメージも用います。すなわち、私たちはキリストと共に十字架で死んだのだ、とも言います。これは、新生するというのは何か認識や考え方を改めるとか、そういう程度の話ではなく、これまでの人生と根本的に決別し、まったく新しい人生を歩み出すということを示しています。キリストを信じるということは、単に頭の中でイエスが救い主だと認めることではなく、「死んでよみがえる」とか表現しようがないほどに、人生そのものをまったく新しい方向に劇的に変更することなのです。

しかし、このような劇的な生き方の変化は自分だけでなく、当然他の人たちにも強い印象を及ぼします。「いったいお前はどうしちゃったんだ?熱にでも浮かされているのか」と、周囲の人たちはあなたに戸惑うでしょう。そうした人たちの態度を、ペテロは4章4節でこう記しています。

彼らは、あなたが自分たちといっしょに度を越した放蕩に走らないので不思議に思い、また悪口を言います。

このように、周囲の人たちはあなたの変化に最初は驚き、そして段々とあなたの変化を快く思わなくなり、あなたを悪く言うようになるというのです。「いったいどうしたんだ?これまで一緒に楽しくやってきたのに、急に真面目ぶるなよな」と怒りだす人もいるでしょう。これが、ペテロの言う「試練」です。人から良く思われない、悪口を言われてしまうのは辛いことです。しかし、そういう試練には私たちから汚れや不純物を落とす作用があるとペテロは言います。金塊から純金を取り出すためには、金塊を高温で熱して、金と不純物を分離する必要があります。私たちもまた、これまでの人生で身に着いてしまった不純な生き方や習慣、思いを断ち切るためには試練という火で精錬される必要があるのだ、とペテロは教えています。たしかに、当座の間はそういう試練は気持ちの良いものではありませんが、それを通り抜けると、そうした試練も大切だったのだと振り返ることができるようになります。スポーツでも、辛いトレーニングをするのは大変ですが、それをやり終えるとぜい肉をそぎ落としてパワーアップした自分を発見できますよね。

それだけでなく、そうした試練の先には大変大きな報いが待っています。ペテロはそれを、「朽ちることも汚れることも、消えて行くこともない資産」と呼んでいます。そうした資産は今天に蓄えられていますが、私たちはこの世の旅路、試練を乗り越えた時にそれを相続できるのです。しかし、本当にそんなものがあるのだろうか、誰も見たことのないお宝を目指して歩めと言われても、そんな話が信じられるものか、と疑う人もいるでしょうし、そういう疑いを抱くのは健全なことです。世の中にはそういううまい話で人々を洗脳し、人々を搾取する悪い宗教がたくさんあるからです。では、キリスト教の約束するこうした天の宝を保証してくれるものは何か?それがイエス・キリストです。彼の存在にこそ、すべてがかかっています。このイエスという人物が本物であれば、彼の指し示す天の宝も本物だということです。

ペテロの手紙を受け取った異邦人たちは、生前のイエスに会ったことがありません。イエスはユダヤとガリラヤで主にユダヤ人を相手に宣教していたからです。そういう意味では、私たちと全く同じです。彼らはイエスのことをペテロたち使徒たちから聞いて、彼のことを信じるようになりました。つまり彼らの信仰の根拠とは、イエスのことを直接知っているペテロたちの証言です。ペテロはイエスの公生涯のほぼすべてを目撃した、もっとも信頼できる目撃証言者です。彼らが自分たちの安定した職業を捨てて、命がけで十字架で死んだ哀れなユダヤ人男性のことを宣べ伝えているのはなぜなのか。もしイエスの話が作り話やでたらめなら、そんなもののために誰が命を懸けるだろうか、ということになります。彼らの人生を賭けたイエスへの献身こそ、イエスが本物の聖者であるということの証明なのです。

そして、彼らの証言に加えて、もう一つ極めて重要な証言があります。それは旧約聖書の証言です。旧約聖書というのは何百年もの時間をかけて、数多くの著者や編集者、編纂者の手に拠って作り上げられた大変複雑な書物で、そこには様々な思想や、古代世界の文明世界の多くの影響を認めることができます。しかし、いかに批判的な研究者でも、否定できないような不思議な預言が数多く含まれている書でもあります。この預言者はいったい誰のことを話しているのか、と不思議に感じられるような記述が含まれているのです。ペテロは、その旧約聖書の中にシルエットのように漠然と描かれている人物こそイエス・キリストであり、また預言者たちにその不思議な人物の幻を与えたのは受肉前のイエス・キリストの霊なのだと主張します。つまりイエスご自身の霊が、旧約聖書の預言者たちに、ご自身が受肉した後にどのような生涯を送るのかということについてのヴィジョンを示したというのです。これは気の遠くなるほど遠大な話ですが、これもまたイエスが神の聖者であることを示す確かな証拠なのです。

3.結論

まとめになります。今日から第一ペテロを読み進めていくのですが、その冒頭のテーマは信仰と救いでした。私たちを救いに導く信仰とはどのようなものか。それは忍耐を伴う信仰です。それは単に頭の中で、イエスについていくつかのことを信じれば終わるというようなものではありません。それは一度死んでよみがえるという表現でしか言い表せないほどの、根本的、全面的な人生の方向転換なのです。そのような根本的な変化は、周囲の人々の注目を嫌でも集めます。しかもそれは好意的な反応よりも、否定的な反応を招きがちです。そのような反応には当然がっかりさせられますが、ペテロはそれを「試練」として捉えなさいと語ります。その試練は、あなたを神の民に相応しい人格に作り変えるための、ある種のトレーニングなのです。しかもその試練の先には素晴らしい報いが待っています。

私たちの信仰生活も、良い時もあれば辛い時もあります。特に、親しい人たち、家族や友人たちが私たちの信仰を理解してくれずに非難するようなことがあれば、大変気落ちしてしまいます。幸い今日の日本では、キリスト教を信仰したからといって、人々から非難されるようなことはないでしょう。昔のように、「耶蘇教」などと後ろ指さされることはないのです。むしろ、「あの人はクリスチャンなのに、あんなことしてる」というように耳の痛い指摘をされることの方が辛いでしょう。しかしこれは、クリスチャンについて良いイメージが定着していることの証拠でもあります。人々を信仰に導くために一番効果的な伝道方法は、キリスト教が真理だと証明する立派な議論や解説ではありません。下手にそんなことをすると、かえって墓穴を掘ってしまうかもしれません。知識だけなら、クリスチャンよりキリスト教のことを知っている人たちはたくさんいるからです。むしろ、私たちは日々の行動や生き方で、キリスト教の何たるかを人々に示していく必要があります。それが一番効果的な伝道なのです。それがどんな生き方なのかを、第一ペテロの学びを通じて考えて参りましょう。お祈りします。

イエス・キリストの父なる神様。そのお名前を賛美します。今朝から第一ペテロを読み始めました。どうか私たちにみことばを理解する知恵と、それに従う柔らかな心をお与えください。われらの救い主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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惨劇と悲劇第二サムエル13章1~39節 https://domei-nakahara.com/2025/02/09/%e6%83%a8%e5%8a%87%e3%81%a8%e6%82%b2%e5%8a%87%e7%ac%ac%e4%ba%8c%e3%82%b5%e3%83%a0%e3%82%a8%e3%83%ab13%e7%ab%a01%ef%bd%9e39%e7%af%80/ Sun, 09 Feb 2025 04:48:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6172 "惨劇と悲劇
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1.序論

みなさま、おはようございます。前回の説教で、私は二つの問いを提起しました。それは、ダビデがバテ・シェバ事件のことを本当に悔い改めていたのかという問いと、神はダビデのすべての罪を赦したのか、また赦したとするならば、その赦しとはいかなるものなのか、ということです。どういうことかと言えば、例えばある生徒が学校の大事な掃除道具を壊してしまったとします。その際に先生は、「もういいよ。このことは一切忘れてあげる」というかもしれないし、あるいは「あなたのしたことは赦してあげます。ただし、その掃除道具が壊れてしまったせいで他の生徒さんたちが不自由しているので、あなたはこれから一週間放課後に残って教室の掃除をしてくださいね」というかもしれません。どちらも赦したことには違いはないですが、その中身はだいぶ違いますよね。

今日の箇所は、この二つの問いに答えを与えてくれる箇所だと私は考えています。というのも、今日の箇所でダビデ家を襲った二つの悲惨な出来事は、ダビデが犯してしまった罪と深い関係があるからです。今回の最初の悲劇的な出来事、すなわち兄が妹を辱めてしまうという恐るべき醜聞は、明らかにダビデが人妻であるバテ・シェバを辱めたことと深い係わりがあります。聖書を読むと、神が人の罪を取り扱う場合、その罪について直接叱責するのではなく、自分が人に対して犯した罪を、今度は自分が被害者となって受けることにより、罪の重さを身をもって体験させるということをなさいます。その典型が族長ヤコブの場合です。ヤコブという人は大変頭の良い人で、それに対して双子の兄エサウは単純な人でいま風に言えば脳筋という感じでしょうか、ヤコブはそんな兄エサウを子馬鹿にしているところがありました。そしてついに、ヤコブは兄だけでなく父イサクまで騙して兄に与えられるはずの長子のための祝福を奪い取ったことがありました。しかし神様はこのヤコブの卑劣な行いを責めることはせずに、むしろ叔父ラバンの下に逃げ延びるヤコブの道中の安全を約束します。これなどを読むと、神様はヤコブを偏愛、えこひいきしていて、ヤコブの行った騙しごとすらも容認しているのではないか、と思われるかもしれません。しかし、そうではないのです。ヤコブはそれから先、叔父のラバンに何度も騙されます。騙す者が、今度は騙される者になったのです。ラバンはヤコブそっくりの、映し鏡のような人物でした。ヤコブは叔父に騙されることを通じて、人に騙されることでどんな気持ちになるのか、今まで自分が騙してきた兄や父はどんな思いで自分に騙されたのかを理解するようになります。こうしてヤコブは自らの過去の行いを深く顧みることになります。これは神のヤコブに対する裁きだと言えますが、それは教育的な裁き、ヤコブが人間的に成長するための裁きでした。ダビデ自身の子どもであるタマルとアムノンの事件も、ダビデに自らがバテ・シェバに対して行ったことを思い起こさせるために神が与えた試練だと言えるのではないでしょうか。

しかしこう言うと、それではあまりにタマルが不憫ではないかと思われるでしょう。父親のせいで、何の罪もないのに恐ろしい出来事に見舞われてしまったからです。実際に、タマルは本当に気の毒です。聖書全体を読んでも、これほどの悲劇に見舞われた女性はいないのではないか、と思えてきます。聡明で正しい心を持ち、美しい王女であった彼女の明るい未来は、この出来事のために永遠に閉ざされてしまいました。しかも、この悲劇をさらに暗いものとしているのは彼女の父ダビデが彼女の名誉や幸せのために何もしなかったことでした。ダビデはこの陰鬱な事件にかかわることを拒否し、明らかな加害者であるアムノンに対して何ら責任を問いませんでした。単に放置したのです。それは、この出来事が自分自身をしでかしたことを思い起こさせるものであり、もしアムノンを裁くならば、自分自身の過去の罪が蒸し返されてしまうことを恐れたのではないかと思われます。ダビデはもう自分の暗い過去を思い出したくなかったのです。しかしそのために、タマルの兄の怒りは収まらず、それが恐ろしい惨劇へとつながっていきます。ダビデが王としての責任、父親としての責任を放棄したために、さらなる悲劇がダビデ家を襲うことになるのです。そのようなダビデの姿を見ていると、彼は本当に自らの行動を悔い改めていたのか、自らの罪に向き合っていたのか、ということに大いに疑問符が付きます。彼は自分の罪から逃げることで、自分の最も愛する子供たちに恐るべき重荷を負わせてしまったのです。では、今日のテクストを詳しく見ていきましょう。

2.本論

ダビデには美しい奥さんが何人もいましたので、彼女たちとダビデの間の子どもたちは異母兄弟ということになります。アムノンというのは第一王子ですから、ダビデ王の後継者としては第一の候補になります。サウル王にとってのヨナタンのような存在です。彼の母はイズレエル人アヒノアムでした。ダビデの三人目の妻は、ゲシュルの王タイマルの娘マアカでしたが、そのマアカの娘がタマルでした。ゲシュルというのはヨルダン川上流の小国でしたが、マアカはその王女だったわけで、位の高い女性でした。タマルはその娘ですから、まさにお嬢様です。彼女の兄アブシャロムはダビデ家の第三王子でした。

このタマルという女性はよほど魅力的な女性だったのでしょう。第一王子のアムノンは、兄妹でありながら、そのタマルを恋するようになってしまいました。しかし、それが禁断の愛であることはもちろんアムノンも分かっていますから、悶々としていたのでした。ところが、そこにヨナダブという、頭は良いけれど道徳心に欠けた危険な人物が登場します。彼はアムノンがなにか悩みを抱えているのを見てとって、自分に打ち明けるように促します。そこでアムノンは自分が自分の妹への禁忌の愛に焦がれていることを打ち明けました。まともな人なら、なんとかそれを思いとどまらせ、別の女性に目を向けさせようとするのでしょうが、なんとヨナタブは、アムノンの無理筋な恋の手助けをしようというのです。彼はアムノンに入れ智慧をして、アムノンとタマルが二人きりになる状況を作り出そうとします。その作戦はなんと父王であるダビデを騙し、仮病のアムノンの介抱のためにタマルを寄こすようにさせるというものでした。ダビデ王の命令ならタマルも絶対に断れないからという、酷い作戦でした。アムノンも、さすがに王である父を騙すようなことをしては後で大変なことになると普通は考えそうなものですが、恋は盲目といいます、また自分は第一王子だという自惚れもあったのでしょう。父を騙すことさえしてしまうのです。バテ・シェバ事件のことはすでに宮廷内では知れ渡っていたでしょうから、アムノンも色恋沙汰では父ダビデも偉そうなことはいえないだろうと、ダビデを侮る気持ちがあったかもしれません。父親が浮気しているのに、その親が子どもの素行を注意しても、「どの口が言うのか」ということになりかねないからです。

ともかくも、ダビデはアムノンの嘘を信じて、娘のタマルをアムノンの介抱に行かせます。タマルも全く疑うことなく、お兄さんのためにと喜んで出かけていきました。アムノンは人払いをして、タマルに対して自分に食事を食べさせて欲しいと頼み、彼女を自分の寝室に呼びます。タマルもこのあたりから、何か変だと思い始めたかもしれませんが、相手は兄、しかも第一王子ですから、大丈夫だと自分に言い聞かせて兄のところに向かいました。すると、病気のはずの兄が床から起き出して、自分をつかまえるのです。この時タマルは初めて怖くなったのでしょう。いったい何が起こっているのかと、パニックになったかもしれません。そして兄アムノンの口から信じられない言葉を聞きました。「妹よ。さあ、私と寝ておくれ」と言われたのです。しかし、兄と妹です。レビ記18章9節で、妹を犯すことは禁じられています。そもそも聖書を持ち出さなくても、近親相姦は人類全体のタブーです。そんなことはできるはずがないと、タマルは必死に抵抗します。これは愚かなことだと。こんなことをしてしまえば、私たちは国中の笑いもの、面汚しになってしまいますと、兄アムノンに訴えます。それでも強引に迫ってくるアムノンに対し、せめて父ダビデに話を通してほしいと願います。父ダビデなら、何か良い考えで私たちのことも解決してくれるだろう、あなたは第一王子なのですから、父もあなたの願いをむげにはしないだろうと訴えます。それでも情欲に狂ったアムノンは力づくでタマルを辱めました。ダビデとバテ・シェバの場合にはこういう暴力的な記述はなく、単にダビデは彼女と寝た、となっていますが、タマルの件では「力ずくで」ということが強調されています。まさに女性の気持ちを完全に無視した強姦です。

しかも、さらに恐ろしいことに、タマルを辱めたアムノンは、その後に彼女を激しく憎むようになったというのです。まるでどうしても欲しかったおもちゃを手に入れたら、期待していたほど良くもなかったのでポイっと捨ててしまうわがままな子どものようです。旧約聖書では、族長ヤコブの娘ディナが異邦人の王子シェケムに辱められるという事件がありましたが、その後シェケムは平謝りに誤ってどうかディナを嫁に欲しいと願い出ています。強姦そのものは決して赦されませんが、責任を取ろうという態度はまともだといえますが、アムノンは自分のやったことが他人に与えた影響を全く考えようとしません。むしろ、衝動的な行動をした後に、自分のしたことの恐ろしさに気が付き、「この女がいたせいで、俺はこんなバカなことをしてしまったんだ。俺が悪いんじゃない、この女が俺を誘惑したんだ」というような、まったく無責任な責任転嫁を考え出してしまうのです。

このような人物がダビデ王家の第一王子であるということに衝撃を禁じ得ないのですが、こんなバカ息子を育ててしまったダビデにも親として大きな責任があるでしょう。そして、この愚かな人物のせいですべてを台無しにされたのがタマルでした。こんな愚かな兄に貞操を奪われ、さらには追い出されるという屈辱的な扱いを受けました。タマルも必死に抗議します。「それはなりません。私を追い出すなど、あなたが私にしたことより、なおいっそう、悪い事です」と訴えかけます。しかしアムノンはまるで下女でも追い出すかのように、召し使いを使って彼女を外に追い出して戸を閉めてしまいました。

タマルは頭に灰をかぶり、着ていたそれつきの長服を裂き、手を頭に置いて、歩きながら声をあげて泣いていた。

明るい未来を一瞬で奪われたタマルでした。生きているのも嫌になったでしょうが、そんな彼女を慰めてくれたのは実の兄のアブシャロムでした。いや、とうてい慰められることはなかったでしょうが、それでも絶望の淵での唯一の救いは兄の存在でした。兄は妹を慰めつつ、長兄アムノンへの復讐を心ひそかに誓ったのでした。

ダビデはこの事件を聞いて激しく怒りましたが、しかしアムノンを裁くことをしませんでした。ここにダビデの大きな問題がありました。王である自分の罪は不問に付したのに、第一王子の罪だけ厳しくさばけば、まさに片手落ちになってしまいます。自分の罪に厳しく向き合えなかったダビデは、自分の分身ともいえる第一王子の罪にも向き合うことができませんでした。それがタマルやアブシャロムに大きな失望を与えたのは想像に難くありません。ダビデはタマルの名誉と尊厳を回復するために、あらゆる手段を尽くすべきでしたが、それをしなかったのです。このダビデの不作為が、さらなる惨劇を招くことになります。

アブシャロムは一緒にいてわびしく暮らしている妹のタマルが不憫でなりませんでした。これから幸せな人生が待っているはずなのに、貞操を奪われ、その加害者には何のお咎めもありません。嫌な言い方ですが、傷物にされてしまったわけで、嫁の貰い手もいなくなってしまいました。それなのに、アムノンはのうのうと生きている、そのことが許せませんでした。とはいえ、相手は第一王子、ダビデ王に次ぐ権力者です。そのアムノンを討つとなると、自分の命さえ捨てる覚悟が必要です。それでもアブシャロムはタマルのために仇討をすることにしました。彼は二年間も機会を待ちました。大石内蔵助のような辛抱強さです。アムノンも自分を警戒しているだろうから、彼をどうやって自分の家に招くことができるか、それがアブシャロムにとっての問題でした。そこでアブシャロムは一計を案じました。まず王であるダビデを祝宴に招いて、しかもダビデが断らざるを得ないような状況を作り、ダビデの代わりにクラウン・プリンスであるアムノンを招くというものでした。これならアムノンも自分の招待に応じないわけにはいきません。

アブシャロムは、招待に応じないダビデに対し、それではあなたの代わりに第一王子のアムノンを招いて欲しいと願い出ます。ダビデも、なぜアムノンを招くのかと問いただして警戒しますが、アブシャロムが丁寧に懇願し、しかも他の王子たちも一緒だということで、まあいいだろう、王子同士で親睦を深めるのもよかろう、ということで承諾します。アムノンも、王命とあらばアブシャロムの招きに応じないわけにはいきません。しかも、王のダビデがいない以上、長兄の自分は主賓ということになります。彼の胸にも一抹の不安はあったでしょうが、ここは自分の威厳を示すためにも行くことにしました。

アブシャロムはこの千歳一遇のチャンスを逃しませんでした。彼は自分の部下たちに、アムノンが酔った時に彼を討てと命じます。とはいえ、相手は第一王子です。このようなだまし討ちで殺したとなれば、彼らも当然ただではすみません。決死の覚悟でことを成さなければなりませんが、驚くべきことにアブシャロムの部下たちはその命令に従いました。それは、不憫な王女であるタマルのために、仇を命に代えても取りたいという彼らの熱い思いがあったものと思います。また、彼らに命令を聞かせるアブシャロムのカリスマ性も大したものでした。そして、アムノンの殺害は計画通りに決行されました。

他の王子たちは恐ろしくなって一目散に逃げ去りました。アブシャロムが殺したのはアムノンただ一人でしたが、この知らせに尾ひれがついてしまい、なんとダビデの王子たち全員が殺されたという一報がダビデに届きました。ダビデも家来たちも衝撃を受けましたが、しかし、あのアムノンに要らぬ知恵を付けた危険な人物、ヨナダブは正確な情報を収集していて、殺されたのはアムノンだけだとダビデに報告しました。ヨナダブがタマルの事件のことをどう思っていたのかは分かりませんが、彼なりに責任を感じていたのかもしれません。ここまでの大事になるとは思っていなかったのでしょう。そして、ヨナダブの言う通り、他の王子たちは無事でした。とりあえず、最悪の事態だけは避けられたのでした。

アブシャロムは母マアカの実家であるゲシュル王のところに逃れました。おそらくアブシャロムは、この復讐劇を準備する段階で逃げ延びる算段も立てていたのでしょう。ゲシュル王も、事の次第を聞いて、たとえダビデ王と対立することになろうともアブシャロムを匿うことを決めていたのでした。

こうして、惨劇は終わりました。ダビデは王として、この第一王子暗殺という国家の一大事に対処しなければなりませんでした。日本でも、万が一天皇のクラウン・プリンスが暗殺されるなどということがあれば、国家の威信に架けてどんなことがあっても犯人を捕まえるでしょう。しかし、ダビデはこの時も全く動くことはしませんでした。もしアブシャロムの罪を問うならば、その原因となったアムノンによるタマル強姦の罪を裁かなければなりません。しかし、アムノンを裁くならば同じ罪を犯した父ダビデの罪をも問わなければなりません。結局自分の所に帰ってきてしまうのです。それでダビデは今回も何もしませんでした。しかし、このダビデの責任放棄が、ダビデの家族にも、またイスラエル王国にもさらに深刻な亀裂をもたらしてしまうのでした。

3.結論

まとめにあります。今回はタマルという聡明な女性を襲った悲劇、そしてダビデ家の家族の中での兄弟殺しという惨劇を通じて、二つの問題を考えてみました。それはダビデが本当に自分の罪を悔い改めていたのか、また神はダビデの罪を無条件で赦し、忘れ去ったのか、という問いでした。そして、答えはいずれも「否」ということにあると、結論付けざるを得ませんでした。

神は確かにダビデに直接罰を下すことはしませんでした。しかし、こともあろうに自分が行ったのと全く同じことを自分の長男が行うという現実に直面させられました。しかも毒牙に架かったのは人妻ではなく、まだ男を知らない自分の娘だったのです。この恐ろしい現実を前にしてダビデは何をしたでしょうか。彼は目を閉ざしたのです。自分の罪を思い起こすのを避けるかのように、この息子の罪をも直視しませんでした。そのため、タマルは貞操だけでなく、名誉も、また未来も失ってしまいました。この妹の絶望的な状況を怒ったのは兄アブシャロムでした。彼はきっと、兄アムノンだけでなく、妹の名誉回復のために何の行動も起こさなかった父ダビデのことも深く憤っていたのでしょう。そうして彼は二年待って、妹のための復讐を遂げました。ただ、もしダビデが正しくアムノンを裁いていて、少なくとも廃嫡にするとか、断固たる処置を取っていればこの惨劇は起こらずに済んだでしょう。したがって、ダビデの罪は誠に重かったと言わざるを得ません。ダビデの悔い改めのなさが招いた悲劇だったのです。

さらにいえば、私たちは神の裁きの厳しさに戦慄すら覚えます。神は不正を黙って見逃すようなお方ではありません。蒔いた者を刈り取らせる、というのが神が人の取り扱う上での原則です。彼はダビデに、ウリヤ殺しの罪の重さを恐ろしいほど厳しい手段で直面するように迫ります。しかしダビデはそれから逃げ続け、さらなる悲劇を自らに招いていくことになるのです。

私たちも、このダビデの転落の人生から多くのことを学ばされます。「罪の赦し」というのは簡単なものではありません。私たちが罪に直面することから逃げると、それはどこまでも私たちを追いかけるのです。神は私たちの罪を赦す前提として、徹底的な悔い改めを求めておられるということを忘れてはいけません。神の前に、また人の前に、謙虚に歩んで参りましょう。お祈りします。

憐み深い主よ。あなたは私たちを赦されます。しかし同時に徹底的な悔い改めをも求めておられます。そのことをダビデの生涯から学ぶことができますように。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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ダビデは悔い改めたか第二サムエル12章1~31節 https://domei-nakahara.com/2025/02/02/%e3%83%80%e3%83%93%e3%83%87%e3%81%af%e6%82%94%e3%81%84%e6%94%b9%e3%82%81%e3%81%9f%e3%81%8b%e7%ac%ac%e4%ba%8c%e3%82%b5%e3%83%a0%e3%82%a8%e3%83%ab12%e7%ab%a01%ef%bd%9e31%e7%af%80/ Sun, 02 Feb 2025 03:59:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6140 "ダビデは悔い改めたか
第二サムエル12章1~31節" の
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1.序論

みなさま、おはようございます。第二サムエル記を読み進めて参りましたが、前回はサムエル記全体の中でも重大な分岐点となる箇所でした。それは、ダビデが途方もない罪を積み重ねていく場面でした。彼は自分のために命がけで戦っている兵士の妻を寝取ってしまい、その罪を隠すためその勇敢な兵士を戦場で謀略によって殺します。罪を隠すためにさらなる罪を重ねていく、そのような泥沼にはまっていくダビデの行状を見て参りました。

驚くべきことに、その間、ダビデは神のことをすっかり忘れてしまっていたようでした。少なくとも、ダビデは神がすべてを見ているという意識を失っていました。今やダビデは絶対権力者として、まるで神のごとくなんでも好きなように振舞えると思っているかのようでした。そして、自らの罪を暴く恐れのある人を排除した後は、何食わぬ顔をして日常生活に戻っていきました。もちろん、ヨアブのような人物はすべてお見通しだったでしょうが、ダビデはヨアブが自分を裏切ることはないと確信していたようです。しかし、ダビデは預言者によって、神にはすべてがお見通しであることを再び気づかされることになります。今日はダビデが自らの罪に直面させられて、どのように行動したのかを考えて参ります。

ダビデは当時の基準でも、また21世紀の現代の基準でも、到底赦されない、非常に重大な罪を犯したのですが、にもかかわらず多くのクリスチャンはダビデに同情的な方が多いように思います。人間はみな罪人ではないか。ダビデも人間だったのだ。ダビデは悔い改めたではないか、その姿勢は信仰者の鑑ではないか、と考える方も少なくないと思います。今日の場面で確かにダビデは「私は主に対して罪を犯した」と告白しています。神もそれを見逃してくださった、と預言者ナタンも言っていますので、ダビデの悔い改めは神も認めた本物の悔い改めではないか、と私たちはダビデに同情、あるいは共感さえするかもしれません。そしてこんな大きな罪でさえ、神は赦してくださるのか、という安心感を覚えるかもしれません。

ダビデの悔い改めが本物だと思える大きな理由の一つは詩篇の存在でしょう。詩篇51編はバテ・シェバ事件の後にダビデが歌ったものだとされていますが、その胸を打つ悔い改めの言葉を聞いて、ダビデこそ本物の信仰者、神の人ではないかと私たちは思うのです。しかし、しばしば言われているように詩篇のダビデの作と言われているものは、実際には後世の人々がダビデを偲んで詠んだもの、あるいはダビデの気持ちになって詠んだものだとされています。したがって、それはダビデの作ではない可能性の方が高いのです。そして、もしそれがダビデの手によるものだったとしても、この歌を詠んだからダビデの悔い改めは本物だったとは必ずしも言えないように思います。なぜなら、悔い改めは言葉ではなく行動によってこそ示されるべきものだからです。今後のダビデの物語を見ていくと、彼は自分自身の罪に向き合うのを避け続け、そのために彼の家族はバラバラになっていくのが分かります。そうした姿を見ていると、ダビデの悔い改めとは何なのか、と考えさせられてしまいます。

そもそも、悔い改めとは誰に対してするべきものなのでしょうか?詩篇51編を読みますと、ダビデの罪は神に対して、神のみに対してなされたものだということが強調されています。ダビデも、自分は神に対して罪を犯したと告白しています。しかし、ダビデが罪を犯したのはバテ・シェバであり、さらには彼女の無実の夫であるウリヤに対してだったのではないのでしょうか?サムエル記を読み進めても、ダビデが死んでしまった、いや彼自身が殺してしまったウリヤに対して詫びる気持ちが少しも表されていないのはどういうことなのでしょうか?この問題について、私も印象深い思い出があります。私が英国に留学中、熱心なクリスチャンの韓国の友人がいました。彼と罪の赦しの問題を話し合っているときに、彼はある有名な韓国の映画の話をしてくれました。それは「シークレット・サンシャイン」という映画です。恥ずかしながら私は未だにこの映画を見たことはないのですが、あらすじはだいたい聞きました。それは、息子を殺されたシングルマザーが、絶望の中で悩み苦しんでキリスト教に出会うという話です。彼女はそうして信仰を持つようになります。そして、自分は神に赦されたのだから、息子を殺した犯人のことも赦さなければならないと思うようになり、意を決して殺人犯に面会に行きます。そして、その殺人犯の相手に「私はあなたを赦します」と言おうとした矢先に、その男が彼女に「私は赦されている!」と告げるのです。もちろん、私は神に赦されている、という意味です。彼は平安に満ちた顔をして、私は神に赦されている、あなたのことも祈っていますよ、と告げるのです。私が赦していないのに、どうしてあなたが赦されるのか?彼女は衝撃を受けて気を失ってしまいます。その後のストーリー展開の詳しいことは知りませんが、大体想像は尽きます。私の韓国の友人も、この映画を見て「罪の赦しとは何か?」と考えてしまったそうです。

ダビデの話に戻ると、このサムエル記の物語の展開では、ダビデは神に対しては罪を認めて赦しを乞いますが、自分が直接過ちを犯した人に対して償いや悔い改めをしているようには見えないのです。すべてを神と自分の間の問題に還元しようとしているように思われます。私がダビデの悔い改めに疑問を抱くのはそのためです。「罪」の一つの定義は神の掟を破ることです。ですからあらゆる罪は神に対して犯されると言えます。しかし、姦淫や強姦、詐欺や殺人で直接的な被害に遭うのは神ではなく人です。ですから、神を冒涜するような言葉を口にするというような罪は神に謝罪すべきですが、人に対して犯した罪はその相手に対して謝罪する必要があります。ダビデの場合は、殺してしまったウリヤに対してはもはや詫びることができませんので、補償すべき対象は遺族のバテ・シェバということになりますが、しかしそのバテ・シェバはダビデの欲望の対象でもあります。ダビデはバテ・シェバを手に入れ、彼女もそれを受け入れているように見えます。しかし、ではウリヤはどうなってしまうのか、彼のことは忘れ去ってよいのか、という疑問が生まれます。しかし、神はウリヤのことを忘れてはいませんでした。神がウリヤのことを大切に思っておられるのは、これから見ていくナタンのたとえを見れば分かります。また、ナタンは神がダビデを赦したとは言っていないことに注意しましょう。神は見過ごした、とだけ言っています。本来なら罰するべきダビデの罪を罰しない、見過ごすということです。それはダビデを赦したというより、むしろ先にダビデと結んだ契約、つまり罪を犯したからといってダビデの王位を取り去ることはしないという約束を守ったということです。そのためにダビデは死刑になることも、退位させられることもありませんでした。しかし、それでも神はダビデに罪の刈り取りを要求し、ダビデはその後の人生でまさに罪の果実を刈り取ることになるのです。それでは、今日のテクストを読んで参りましょう

2.本論

では12章の1節からです。サムエル記の記述では久しぶりに「主」が登場します。もちろん、主・神はいつでもどこでもおられるのですが、ダビデの意識から主のことが忘れ去られていたので、こんなに久しぶりの登場になるのです。神はダビデのしていることを黙ってご覧になっていたのですが、ダビデがウリヤ殺害をなかったもののようにして普通の生活に戻ろうとしているのをご覧になって、もはや黙ってはいられなくなったのでしょう。預言者ナタンをダビデのところに遣わします。しかし、ナタンはいきなりダビデのことを責めるわけではありません。むしろ、全然関係のない話を始めたように見えます。それは、ある気の毒な貧しい人の話でした。この貧しい人は小さな子羊を大切に育てていたのですが、もう一人の金持ちの男がいて、彼は羊と牛をたくさん持っていたにもかかわらず、羊を屠る必要があったときに自分の家畜を惜しみ、たった一匹の子羊しかもっていなかった貧しい男からその子羊を取り上げてそれを屠ってしまったという話でした。

読者の方々は、この貧しい男がウリヤで、金持ちがダビデその人だとすぐに気が付くでしょうが、驚くべきことに当のダビデはまったくそれに気が付いていません。ここからも、ダビデはどうもウリヤのことで良心の呵責に苦しみ続けていたとは思えないのです。自分の行いを心の中で密かに悔やんでいたとしたら、ナタンが自分のことを仄めかしているのだとすぐに気が付いたでしょう。しかしダビデはナタンの話を聞いても、それが自分のことだとは全く思わなかったのです。ダビデは愚かな男ではありません。それどころか大変賢い男です。それゆえ、この時の彼の鈍感さには驚くべきものがあります。それどころか、ダビデはナタンのたとえ話を本当の話だと思い込み、この金持ちの男の非道な行いに立腹します。そして、貧しい人から子羊を奪った男に死刑を宣告し、さらに貧しい男に四倍にして償いをすべきだと命じます。モーセの律法に照らすならば、羊を盗んだ人が死刑だというのは重すぎる罰であるかもしれませんが、四倍にして償うというのは律法の教え通りです。ダビデはこの羊泥棒の金持ちに重すぎる刑罰を科していることになりますが、この男が実はダビデだと分かっている人には、ダビデの命じた罰が実は律法通りだということは明らかでした。モーセの律法によれば両者が同意の上で姦通した場合は男女とも死刑、強姦の場合は男だけが死刑になるべきだからです。ダビデとバテ・シェバの場合にはダビデが一方的に襲ったのか、あるいはバテ・シェバの方にもある程度その気があったのかというのは正直よくわかりません。聖書テクストからは、どちらの解釈からもあり得るように思います。しかし、いずれにせよダビデは死刑に当たる罪を犯していたのです。ですから、ダビデは図らずも自らの犯した罪に対して正しい裁きの宣告を下していたのです。

ダビデがそのような裁きの宣告をした後、預言者ナタンは爆弾発言をします。ダビデに向かい、「あなたがその男です」と宣告したのです。ナタンはダビデの罪を白日の下に暴き出し、こう宣告します。

「今や剣は、いつまでもあなたの家から離れない。あなたがわたしをさげずみ、ヘテ人ウリヤの妻を取り、自分の妻にしたからである。」主はこう仰せられる。「聞け。わたしはあなたの家の中から、あなたの上にわざわいを引き起こす。あなたの妻たちをあなたの目の前で取り上げ、あなたの友に与えよう。その人は、白昼公然と、あなたの妻たちと寝るようになる。あなたは隠れて、それをしたが、わたしはイスラエル全部の前で、太陽の下で、このことを行おう。」

これが神の裁きの言葉でした。注意していただきたいのは、その後にナタンが神はダビデの罪を見逃してくださったと言ったにもかかわらず、神がここで語った裁きがすべてダビデの身に起きるということです。文字通りに、「その人は、白昼公然と、あなたの妻たちと寝るようになる」という預言はそのまま成就することになります。このことから見ても、神はダビデの悔い改めの言葉にもかかわらず、ダビデを単純に赦したわけではないのが分かります。

ともかくも、ダビデもこのナタンの言葉にハッとし、「私は主に対して罪を犯した」と告白します。ナタンはその言葉を受け入れますが、しかしダビデとバテ・シェバの不義の子は死ぬだろうと宣言します。ダビデはその子の命が助かるようにと神に懇願し、断食をします。しかし、その甲斐なくダビデとバテ・シェバの最初の子どもは死んでしまいます。とはいえ、ダビデはその後はさばさばとしたもので、子どもを失って悲しんでいるバテ・シェバのところに行き、そして二人目の子どもが生まれます。その子こそ、あのソロモンです。

それから再びヨアブが登場します。ヨアブはダビデに代わってアモン人討伐を進めていましたが、一番最後の手柄をダビデのためにとっておきました。ここらへんもヨアブは抜かりがないというか、したたかです。上司というのはあまり部下が手柄を立てると部下を煙たがるものです。その典型がサウル王とダビデの関係で、サウルも若き武将のダビデの武勲を妬み、ダビデを殺そうとしました。ヨアブはそこら辺をよく心得ていたので、一番おいしいい手柄をダビデに与えて主人のご機嫌を取っていたのです。ここからも、ダビデがヨアブの手の中で転がされていたのが分かります。

3.結論

まとめになります。今日はダビデがどのようにして自らの犯した罪と向き合ったのか、ということを考えて参りました。確かにダビデは、ナタンに自らが犯した罪を指摘された時にすぐにそれを認め、神の前に罪を告白しました。また、ダビデはサウル王のように王失格を宣告されることもありませんでした。しかし、ダビデが本当に悔い改めていたのか、また神がダビデのすべての罪を赦したのか、というのはこの時点ではまだ明らかになっていないというべきでしょう。なぜなら、悔い改めとはその行動を通じて表わされるべきものだからです。ダビデが自らの罪に真剣に悔い改めて、生き方を改めようとしていたのかどうかは、その後のダビデの歩みが明らかにするでしょう。

また、罪の赦しの問題もそう簡単ではありません。クリスチャンは、罪の赦しとは神が人を赦すことだと考えます。しかし、このダビデの一件から明らかなように、私たちが犯す罪とは他の人間に対して犯す罪がほとんどです。神を侮辱する言葉を吐く場合は、神が直接の被害者になるのでしょうが、私たちの行う詐欺や暴行、殺人や性的犯罪は人間を相手に犯すものです。罪の赦しは、こうした相手に赦されて初めて実現するものではないでしょうか。しかし、実際に自分が被害を与えた相手に赦してもらうことは大変に難しいことです。どんなに誤っても赦してもらえなかった、という経験をしたことは私たちも人生において一度や二度ではないでしょう。だから、相手に赦してもらうことは置いておいて、何でも赦してくれる神の赦しを受けることで満足する、というような心根がクリスチャンにないだろうか、と思わずにはおられないのです。もちろん、あらゆる罪は神の法を犯すことですから神に赦される必要があります。しかし、それに安住して自分が罪を犯した、損害を与えた相手からの赦しの問題を無視してはならないとも思います。相手に赦してもらうためには言葉だけでは足りません。誠心誠意の行動が必要です。償いきれないような罪でさえも、できるだけのことはすべきだということです。

ダビデの場合、彼が本当にウリヤに悪いと思っているのなら、彼が深く愛していたバテ・シェバをどうして自分の妻にできたのか、と私などは思ってしまいます。もちろん未亡人になったバテ・シェバが生活に困らないようにすべきなのは当然のことです。しかしそれと彼女を自分の妻にしてしまうこととは違うのではないでしょうか。ダビデは神に赦されたと思ってそれで満足してしまい、それ以上のことはしなかったように思えるのです。

私たちクリスチャンにとって、罪の赦しとは非常に大切な事柄です。そして、神は実際に私たちの罪を赦してくださいます。しかし、神の赦しだけを求めて、自分が罪を犯した直接の相手に向き合うことを拒むなら、それは本当の意味での悔い改めではないように思います。これは大きなテーマですので、これからサムエル記を読み進める上で、いつも念頭に置いておきたいことでもあります。ちょっと尻切れトンボに思われるかもしれませんが、この件について語るのは今日はここで留めておきたいと思います。お祈りします。

私たちを赦してくださる神様、そのお名前を賛美します。しかし、同時に私たちは自分が直接罪を犯してしまった相手に向き合う必要もあります。この問題は非常に深刻な問題でもありますが、そのことに向き合う力もお与えください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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ヤコブの勧告ヤコブの手紙5章12節~20節 https://domei-nakahara.com/2025/01/26/%e3%83%a4%e3%82%b3%e3%83%96%e3%81%ae%e5%8b%a7%e5%91%8a%e3%83%a4%e3%82%b3%e3%83%96%e3%81%ae%e6%89%8b%e7%b4%995%e7%ab%a012%e7%af%80%ef%bd%9e20%e7%af%80/ Sun, 26 Jan 2025 03:24:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6123 "ヤコブの勧告
ヤコブの手紙5章12節~20節" の
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1.序論

みなさま、おはようございます。昨年から毎月の月末にはヤコブの手紙を学んで参りましたが、いよいよ今回で最終回になります。そこで今日は、ヤコブの手紙全般を振り返りながら今日のみことばを読み解いていきたいと思います。

ヤコブの手紙は、行動、実践をとても重視する書簡です。「たましいを離れたからだが、死んだものであるのと同様に、行いのない信仰は、死んでいるのです」という言葉が端的に示すように、中身のない信仰、行動の伴わない信仰というものを信仰とは見なしません。そのために、この手紙を読み進めると「信仰のみで救われる」というプロテスタントの教えの意味を再度問い直されていきます。信じるだけ、ということは行いが不要だという意味ではないのです。むしろ、信じることと行うこと、信仰と行いが一致するとき、はじめて私たちには信仰があるといえるのだ、というのがヤコブ書の大切なメッセージでした。信じるだけで救われるというのは、信じることと行うこととが一致する場合にのみ言えることなのだ、ということがヤコブの繰り返し語っていたことでした。

ヤコブ書の最後の箇所である今日のみことばにおいても、ヤコブは私たちの語ることと私たちの行うこととが一致するようにということを強く勧めています。では、さっそく今日のテクストを読んで参りましょう。

2. 本論

では、まず12節からです。「誓い」についてのヤコブの教えです。誓いというのは私たちにはあまり馴染みのないものに思えるかもしれません。裁判所にでも行かない限り、私たちは何かに誓うことなど日常生活ではほとんど起こらないでしょう。けれども、約束をすることは私たちの日常でもよくあることです。誓いというのは、あえて言うならば約束の上位版、重みをもった約束だと考えてみてください。

また、ヤコブの教えには、イエスの教えと響き合うものがとても多いですが、この「誓い」についての教えもイエスの教えを思い起こさせるものです。ヤコブとイエスの教えを並べて読んでみましょう。まずヤコブからです。

私の兄弟たちよ。何よりもまず、誓わないようにしなさい。天をさしても地をさしても、そのほかの何をさしてもです。ただ、「はい」を「はい」、「いいえ」を「いいえ」としなさい。それは、あなたがたがさばきに会わないためです。

次いで、イエスの山上の垂訓からのことばをお読みします。マタイ福音書5章33節から37節です。

さらにまた、昔の人々に、『偽りの誓いを立ててはならない。あなたの誓ったことを主に果たせ』と言われていたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。決して誓ってはいけません。すなわち、天をさして誓ってはいけません。そこは神の御座だからです。地をさして誓ってもいけません。そこは神の足台だからです。エルサレムをさして誓ってもいけません。そこは偉大な王の都だからです。あなたは頭をさして誓ってもいけません。あなたは、一本の髪の毛すら、白くも黒くもできないからです。だから、あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい。それ以上のことばは悪いことです。

このように、イエスとヤコブのことばはとても似ていることに気が付かれるでしょう。ヤコブはイエスのことばを短くまとめていると言ってよいでしょう。ただ、注意したいのは聖書は「誓い」そのものは禁じていないことです。神様ご自身がアブラハムに対して誓われたこともありますし、旧約聖書も誓いを認めています。具体的な例として、レビ記19章12節を読んでみましょう。

あなたがたは、わたしの名によって、偽って誓ってはならない。あなたの神の御名を汚してはならない。わたしは主である。

とありますように、誓い自体ではなく、偽って誓うことを禁止しています。では、なぜイエスやヤコブがそこからさらに一歩進んで、誓うことを禁止しているのかといえば、それは「誓い」が乱用されていたという歴史的な背景があるからです。

イスラエルの文化において誓いというのは、それを破れば私は神の呪いを受けてもよいと誓うことなのです。日本でも「嘘ついたら針千本飲ます」という言い方がありますが、よく考えると針千本飲むなんて恐ろしいことですよね。これは、私は約束を破ったら呪いを受けるよ、と自ら宣言していることなのですが、イスラエルにおける誓いは文字通りそのような非常に重大な行為だったのです。つまり、誓いは呪いとセットになっており、簡単に破ることができない重大なものです。ですから誓いのことばにはそれなりの信用が伴います。

しかし、それを逆手にとって、人に自分の言葉を信じてもらうために誓いを連発するような人が不届きモノが現れたのです。七十人訳聖書というギリシア語の聖書があり、そこには私たちが用いている聖書66巻には含まれない文書も収められていますが、その一つに「シラ書」というものがあります。そこにはこう書かれています。

むやみに誓いを口にしたり 聖なる方の御名をみだりに呼んだりするな。いつも問いただされている召し使いに鞭の生傷が絶えないように むやみやたらに誓いを立てたり御名を呼ぶ者も罪から清められることはない。(シラ23:9-10)

このように、誓いを乱用する人がいたのです。誓いというのは重大な、神聖なものと言ってよいほどの思いを持つものだったのに、あまりにも頻繁に使われるうちにその重みがなくなってしまったのです。日本語の「針千本飲ます」と言っても本当に飲ませる人なんていないですよね。イスラエルにおいても、誓いの重大さがそれが乱用されるうちに失われていったのです。

こうした、律法の本来の意図からは著しく逸脱した誓いの乱用という現実を前にして、主イエスは誓いを禁止したのです。ただ、イエスは誓いそのものが悪いと言っているのではなく、むしろあなたがたの間では誓いなど不要になるようにしなさい、と教えておられたのです。誓いが必要なのは、人の言ったことが信用できない場合です。ある人が何かの約束をした場合、「それは本当ですか?誓えますか」と問われて、「はい、誓います」と答えるということがあります。このように、誓いとは自分の言葉に十分な信用を与えられない人がそれを補完するためにするものです。逆に言えば、十分に信頼されている人のことばであれば、「はい」と「いいえ」だけで十分だということです。しっかりとした信頼関係が築かれていれば、もはや誓いは不要になります。イエスの「誓うな」という教えは誓いそのものを禁止したものではなく、むしろ誓いなど必要ないような、信頼のおける人間になりなさいということなのです。ですから、クリスチャンの中ではイエスの教えを文字通りに守るために一切誓いをしない、宣誓が要求される裁判にも参加しないという方がおられますが、そのような解釈は行き過ぎたものだと私は考えています。このように、誓いはある人の言うことと行うことが一致している場合、言行一致の場合には不要なものです。言行不一致という残念な現実があるから誓いが必要になってしまいます。イエスとヤコブは、この残念な現実を乗り越えなさいと教えているのです。

 さて、それでは次のテーマに行きたいと思います。それは祈りについて、特に病の癒しを願う祈りについてです。これは言行一致の話とは少し違いますが、これも非常に大きなテーマですね。私たちの人生における大きな困難の一つは病です。今日の社会では立派な医療制度が確立していますが、それでも直らない病というものがあります。ましてや、医療が整っていないイエスの時代には、人生における病の治療は大問題であり、病を癒せる人がいればその人は大変な人気を集めたことでしょう。実際、主イエスが大変有名になったのはその癒しの力のゆえでした。しかし、とはいえこのヤコブの手紙に書かれているような内容は、今日の教会にむしろ困惑を与えるものかもしれません。というのも、ここでは教会の「長老」と呼ばれる人たちに癒しの力があるということが前提となっているからです。しかし、私たちの教会にも他の教会にも病を癒せる人なんていませんよね。

しかし、今日の教会でも「神癒」と呼ばれる癒しの力を強調するグループがあり、それは主にホーリネス系のグループだと言われています。ホーリネスは日本最大の教派である日本キリスト教団においても、私たち同盟教団においても大切な母体となったグループの一つですので重要なグループの一つですが、そのホーリネスのクリスチャンの中ですら、本当に神癒と呼ばれるものが現代においてもあるのだろうかと懐疑的な方もおられます。イエス様や最初の使徒たちには確かにそういう力があったのだろうけれど、今日にはそういう力はないのではないか、と思う方の方が多いかもしれません。

しかし、20世紀においてもインドの聖者、使徒パウロの再来とまで言われたサンダー・シングという人は神癒を行ったそうです。とはいえ彼は、そのために人々の信仰がイエスではなく自分に向けられてしまうことを恐れて、一度それを行った後はその癒しの力を封印したそうです。他方で、アメリカのいわゆるテレビ伝道師は、テレビの中でいわばショーでも行うかのように様々な病の癒しを毎週実演していることがありますが、それはやらせではないかと思う人が多いようです。私も詳しくそういう番組を見たわけではないので、あまり正確なことは申し上げられませんが、その手の番組ご覧になった方の中にはそのような印象を持たれる方が多いということです。私個人の考えでは、今日でも例外的にそのような癒しの賜物を与えられている人はいるとは思うのですが、それはとうてい一般的なことではない、つまり誰でもできるようなものではない、というものです。また、癒しの賜物を与えられている人でさえ、いつもそれができるかと言えば決してそうではないとも思います。あのパウロでさえ、癒しを求めて神に三度祈りましたが、聞き入れられなかった、と書いています。ですから、癒しというものはそういう力がある人が祈ればいつでもどこでも叶うというような、そんな便利なものではなく、むしろ神の選ばれた時に、神がなそうとされた時のみに起きるもので、私たちの祈りとはそうした神の力が実現するために必要な要因の一つだと考えています。神は私たちの祈りに応えて癒しを行うということを望まれているので、私たちは祈るべきだということです。同時に、祈ったからといって自動的にそれが叶うとも考えてはいけないでしょう。あくまでこの件についての主権は神にあるのです。人間が立派な祈りを捧げたから、神は必ずそれに応えなければならないとか、そのように考えてはならないのです。神は私たちが祈ったからといって動かせるようなお方ではないからです。

ではそうした癒しの賜物が与えられていない人にはこのヤコブの言葉は何の意味がないのかといえば、そうではありません。ヤコブはここで、もう一つ非常に大切なことを述べているからです。それは罪の赦しの問題です。みなさんは、「信仰による祈りは、病む人を回復させます」という教えと、「また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます」という教えが並べられていることが奇妙に思われるかもしれません。病気の癒しと罪の赦しは全然別ものではないか、という疑問が生じるということです。現代の医学の常識から考えれば、罪を犯すと病気になるなどといえば、とんでもないことを言うと非難されるでしょう。ただでさえ病気で苦しんでいる人に、「あなたの病は自分の罪のせいだ、自業自得だ」などと言えば傷口に塩を塗るようなもので、相手をさらに苦しめることになるでしょう。

しかし、すべての病がそうだということではもちろんありませんが、罪と関係のある病というものも存在するようなのです。これは心理学者のフロイトらが発見したことですが、体調に不調を覚える人がある種のカウンセリング、セラピーを受けることによって治ったということがありました。どんな場合かといえば、過去のトラウマになった出来事があり、そのことを忘れていた場合にそれを思い起こすことで体の不調が直るというような事象は確かにあります。そのトラウマになった出来事が罪の意識を結びついていることが多く、そのことを思い出し、そしてその罪がもう赦されている、あるいは自分が思っていたような罪ではなかったことを自覚することで、音が聞こえないというような体の障害や不調が直ってしまうというようなことがあるのです。ですから、罪を告白してその罪に向き合い、その罪の赦しを願うことで癒しが起きるということは、素人考えながら心理学的にも実証された効用があるものと思われます。カトリックには神父に罪を告白する告解と呼ばれる秘蹟がありますが、プロテスタントにおいても信頼のおける兄弟姉妹同士で罪を告白しあうということは非常に意味のあることだということを、このヤコブの教えは示しています。心の重荷は担い合うべきだということです。

そして19節と20節にはヤコブの最後のお勧めがあります。それは真理から迷い出た兄弟姉妹に関することばです。そういう人を救い出すことができれば、その人自身のたましいを救うだけでなく、自分の多くの罪をもおおうことになる、自他ともに益を受けるということをヤコブは語っています。これも大切な教えですね。日本の教会では、洗礼を受けるまでは一生懸命世話をするのだけれども、その後のフォローアップが十分でないので洗礼を受けた後に教会を離れてしまう人が多いという話を聞きます。確かに大きな教会になると、なかなか一人一人の信徒に目を配ることができないという現実もあるのでしょう。キリスト教信仰というものは、一度信じたら終わりというものではなく、生涯をかけて変化し、成長していくものだと私は考えています。私自身の信仰を振り返っても、大きな変遷といいますか、大きく変わっていった過程があったと、今振り返ると強く思います。今思い返してみて幸いだったのは、信仰の成長の節目・節目に相応しい導き手のような方々と出会えたことでした。もしそういう出会いがなかったならば、私も信仰から離れてしまっていたかもしれません。ですから、私はそういう出会いに感謝し、私を導いてくださった方々だけでなく、そういう出会いを与えてくださった神に感謝しています。私たちも、自分の救いと同時に、信仰に迷う人たちを導けるような、そういう人になりたいと強く願うものです。そのためには私たち自身が成長していく必要があります。このように、信仰というものは一人で育てるものではなく、共同体の中で育まれていくものなのです。

3.結論

まとめになります。これまで一年間にわたってヤコブの手紙を学んで参りました。本当に大切な教えが数多く含まれる、みことばの宝石箱のような書簡でした。ヤコブの手紙の大きなテーマは「一致」でした。言葉と行動が一致すること、今日の教えにもあったように、自分の語ることと行うことが一致していることです。また信仰と行動が一致することの大切さも繰り返し語られました。よく、救いには行いが必要なのか、信仰だけでよいのかと聞かれることがありますが、そのような問い自体がおかしいのです。人間は本当に信じているものに従って行動します。私たちが何かを信じていれば、それは必ずその人の行動に影響を及ぼします。私たちは本当に信頼している人からのアドバイスであれば、それが多少難しそうに思えても実行します。実行しないのは、その人のことを心からは信頼していないためなのかもしれません。同じように、神を心から信頼していれば、おのずとその教えに従おうという気持ちになるでしょう。もちろんすべてをすぐさまできるようになることはありえません。それでも、神様を心から信頼しているのなら、私たちは自然にその教えに沿った生き方をしていくようになるのです。

また、教会の兄弟姉妹の間で信仰の一致があること、そうしたことの重要性を訴える書簡でもありました。信仰は、神様と私たち一人一人の間だけの問題ではありません。兄弟姉妹同士の間の信頼関係も同様に重要です。私たちが神様を信頼して歩むように、兄弟姉妹のことも信頼して歩む、助け合い、支え合って歩むことの重要性が、特に今日のみことばで語られていました。私たちは自分一人が神様とそれぞれ勝手につながっていれば救われるのではありません。横のつながり、兄弟姉妹のつながりなしには私たちの信仰は育たないのです。ですから教会は尊いのです。信仰とは仲間と共に育てるものだからです。

このように、様々な「一致」を教えるヤコブの手紙を、これからも折に触れて読み返し、朗読し、実践して参りましょう。お祈りします。

ヤコブの手紙を私たちにお与えくださった神様、そのお名前を賛美します。これらのヤコブの素晴らしい教えや勧めを胸に留めて今後も歩むことができるように私たちをお導き下さい。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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ダビデ家崩壊の始まり第二サムエル11章1~27節 https://domei-nakahara.com/2025/01/19/%e3%83%80%e3%83%93%e3%83%87%e3%81%ae%e8%aa%a0%e6%84%8f%e7%ac%ac%e4%ba%8c%e3%82%b5%e3%83%a0%e3%82%a8%e3%83%ab11%e7%ab%a01%ef%bd%9e27%e7%af%80/ Sun, 19 Jan 2025 03:20:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6111 "ダビデ家崩壊の始まり
第二サムエル11章1~27節" の
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1.序論

みなさま、おはようございます。今日はサムエル記の中でも、いやおそらくは聖書全体の中でも、最も衝撃的な箇所の一つを読んでいます。それは、我らが英雄であったはずのダビデが決定的な、また致命的な過ちを犯す場面です。それも悲劇的、宿命的な過ち、つまり避けようのない過ちではなく、ただひたすら浅ましく、不愉快な過ちです。しかも、たった一度の過ちではなく、罪の上に罪を積み重ねていくという、泥沼にはまりこむような過ちなのです。そして、この出来事を契機としてダビデ家はボロボロになっていきます。

このバテ・シェバ事件として知られる出来事をどう理解すべきか、というのが今日の説教の大きなテーマです。ここで申し上げたいのは、ダビデはたった一度の過ちで、ほんの出来心のせいで人生の後半を棒に振ってしまったということではないということです。むしろ、このような深刻な罪をおかしてしまうような前兆、あるいは伏線があったということです。私のこれまでの説教について、ダビデの悪い面を殊更に取り上げているのではないか、という印象を持たれたかもしれません。ダビデに良い印象を持たれている方には、私の説教はダビデの悪い面ばかりを強調する、偏ったものに思えたかもしれません。しかしそれは、この一連のバテ・シェバ事件を起こしてしまうような問題がダビデの中に既にあったということを示したいためでした。「ハインリッヒの法則」と呼ばれるものがあります。これはアメリカの安全技師のハインリッヒさんが考案した法則なのですが、1件の重大事故の背後には29件の軽い自己、さらにその背後には300件の一歩間違えれば事故につながりかねなかったヒヤリとする出来事がある、という法則です。私たちが一番よく知っている事例は原発事故でしょう。福島原発の事故は、たった一度の例外的な大事故ではありません。それまでも、日本の原発はあわやと思われる事故やアクシデントを繰り返し起こしてきました。運が良かった、ということで済ませてきた出来事が多くあり、それらの出来事について国民のほとんどは知りません。しかし、ついに運が悪かったでは済まされない重大事故が起きてしまったのです。

ダビデの今回の出来事にも、同じようなことが言えます。これまでのダビデの行動にはあからさまな罪と呼べるものはほとんどなかったという印象を持たれるかもしれません。しかし、ダビデの一つ一つの行動を見ていくと、その動機には何か不純なものがあるのではないか、と思わせるものがいくつもありました。その一つが、サウル家の有力な武将であるアブネル殺害に至る様々な出来事でした。ダビデは、主君であるサウル家の王のイシュ・ボシェテを裏切ろうとしたアブネル、この奸臣ともいうべきアブネルと手を結ぼうとしました。しかし、結果としてアブネルもイシュ・ボシェテも暗殺されてしまいました。ダビデはこの二人の死に直接は手を下してはいませんが、しかし彼らの死はダビデの王権確立には非常に都合の良い出来事でした。この二人の死によって、サウル王家が実質的に崩壊したからです。けれども、ダビデは本当に彼らの死に責任がなかったのでしょうか?彼らを殺した人たちは、ダビデのためにそうしたのだと言えます。ダビデにとっての邪魔者を殺せばダビデに喜んでもらえる、取り入ることができると考えて行動したのです。それに対してダビデは有難迷惑だとばかりに、そうした行動を非難します。非難はしますが、アブネルを殺したヨアブの罪は不問に付します。不問にするどころか、ダビデはますますヨアブを頼るようになります。そして、自分の手を汚したくないときには決まってヨアブに汚れ役をやらせます。ヨアブもそれを引き受けますが、そのためにヨアブのダビデに対する影響力はますます大きくなっていきます。今回のバテ・シェバ事件はまさにその典型です。

このように、人が大きな罪を犯してしまうのは、たった一度の出来心というよりも、そこに至るまでの多くの小さな罪、あるいは見えない罪の積み重ねがあってのことなのです。私たちが小さな罪についても十分気を付けるべきなのは、そのためです。主イエスが「腹を立てるな、そういう人はさばきを受けることになる」と言われたのは、神様はあなたのどんな小さな罪も見逃しませんよ、心の中で怒っただけでも地獄に落とされますよ、と脅したかったためではありません。神様はそんなに残酷なお方ではありません。むしろ、小さな怒りの感情にも気を付けなさいということです。そういう小さな感情も、ボヤが森全体を燃やしてしまうように、放置していくと暴力や最悪の場合には殺人にすらつながりかねない、ということなのです。ですから自分の中の負の感情に気が付いた時にはすぐにそれと向き合い、対処しなさいということなのです。罪も同じです。これくらいはいいや、と放置せずに、真剣にそれと向き合っていくことが、私たちを大きな罪から守ってくれるのです。怒ったら、そのままにしないですぐにその人と仲直りをする努力をしなさい、これが主イエスの教えなのです。ダビデはそうしたことをしてきませんでした。そうした霊的怠慢が、このような重大な罪として結実してしまいました。では、今日のテクストを読んで参りましょう。

2.本論

さて、11章からの話は、前の10章の話の続きとなっています。ダビデは残虐非道な王であるアモン人の王ナハシュと同盟関係にありましたが、ナハシュが死んでハヌンが跡を継ぐと、今度はそのハヌンと同盟関係を維持しようとしました。しかしハヌンはダビデが近隣諸国を次々と征服していることを警戒し、次は自分たちを攻めるのではないかと考えてダビデとの対決姿勢をあらわにします。挑発を受けた格好になったダビデは、アモン人との戦いを決意します。しかし、問題はダビデはもはや王としてイスラエルを率いて戦おうとはしなくなっていたことでした。これまでの戦いもヨアブに丸投げで、今回の11章でも再びヨアブを戦場に行かせて、自分はエルサレムに留まっています。あのナポレオン・ボナパルトも、若い時は部下が止めるのも振り切って戦場では先頭に立って全軍を鼓舞していたと言われますが、皇帝になった後はいつも軍隊の一番後ろの安全な場所に留まって姿を表そうとしなかったと言われています。また、私の友人でフランスで研究をしていた人から聞いた話ですが、フランスの大学の教員は教授職を得るまでは研究などを必死に頑張って業績を上げようとしますが、ひとたび教授になってしまうと後はのんびりしているのさ、ということでした。人間は、ある地位までたどり着くと、もうあえて危険を冒そうとせず、その地位から得られる果実を楽しもうとしてしまうのかもしれません。まさにダビデがそうでした。若い時はあれほど勇敢に戦ったダビデですが、今や部下たちが戦っている最中にも安眠をむさぼっていたのです。

しかも、その怠慢たるや甚だしいものでした。部下たちが戦場で必死に戦っている時にもダビデは昼寝をしていて、やっと夕方になって起きてきました。しかも、それから仕事をするのではなく、見晴らしの良い屋上に行って散歩を楽しんでいたのです。するとダビデは裸の女性が水浴びをしているのを発見しました。しかし、いくら古代世界といってもこんな状況はあり得るのでしょうか?

日本の有名なクリスチャンの女性作家は、バテ・シェバはダビデがいつも屋上で散歩するのを知っていて、彼に見えるように自分の裸をさらしたのだ、つまりは誘惑したのだ、ということを書いています。これが本当かどうかは分かりません。サムエル記はバテ・シェバという女性の内面について何も記していないからです。しかし、後にわが子ソロモンが王位継承権を争っている時のバテ・シェバの行動を見るならば、結構食えない女性だったのではないかという気がします。単なる哀れな被害者とは思えないということです。バテ・シェバはそれなりに裕福な家庭の人ですから、そういう人が外から見えるような場所で裸になって体を洗うというような行動をしたのはにわかに信じがたい気もします。しかし、もしダテ・シェバの行動にいくらか疑問が残るとしても、ダビデの罪が減じるわけではありません。痴漢に遭った人がセクシーな服を着ていたから、痴漢をした人の罪が減るなんてことは絶対にないように、ダビデの罪もダビデの問題なのです。ダビデ自身が行動して罪に突き進んでいったからです。

ダビデはバテ・シェバのことをすぐに調べさせます。だれが調べたのか、隠密のようなお側用人がいたのかもしれません。こんなふざけた調査依頼は公務としては頼めませんから、ダビデには何でも彼の言うことを聞く召使がいたのでしょう。その人物は密かに調査をしてダビデにその女性の素性を知らせます。その女性はエリアムの娘でした。エルアムというのはアヒトフェルの子で、このアヒトフェルの言うことには誤りがない、神のごとき知恵のある人物と言われていました。三国志の諸葛孔明のような人です。そのような人の孫娘ですから、バト・シェバも深窓の令嬢ともいうべきお嬢様でした。それだけでなく、彼女は人妻でした。これだけの情報を聞けば、普通はそんな女性に手出しをしようなどとは考えないでしょう。相手は国家参謀の孫、そして勇敢な戦士の妻です。しかしダビデは血迷っていて、王である自分にできないことはないと思いあがっていたようです。また、自分の欲望を全くコントロールできないようになっていました。彼はすぐさまバテ・シェバを呼び寄せます。しかも、王の謁見の間のような公共の場ではなく、彼個人の部屋、おそらく寝室に呼び寄せたものだと思われます。バテ・シェバは王からの呼び出しということで逆らえなかったのでしょう、あるいはひょっとすると彼女自身もどこかで何かを期待していたのかもしれませんが、言われるままにダビデの寝室に向かいます。そして、いきなりことに及んでしまいました。バテ・シェバが必死に抵抗したのか、怖くて何も言えなかったのか、あるいはあっさりと受け入れてしまったのか、分かりません。彼女は生理直後だったようで、一般的には妊娠がしやすい時だと言われています。そして、たった一度の情事でバテ・シェバはダビデの子を宿しました。妊娠に気が付くのはどんなに早くても二週間後と言われているので、おそらくそのころでしょう、妊娠に気が付いたバテ・シェバはそれをダビデに知らせます。バテ・シェバの夫ウリヤは戦場にいますので、もちろん相談はできませんが、彼女の場合は有力な父や祖父がいます。しかし彼らには相談しなかったようです。私は女性の心理が分かりませんので不用意なことは言えませんが、バテ・シェバが意に反してダビデに犯されたのなら、こんな風にすぐに自分にひどいことをしたダビデに相談できるものだろうか、という気もします。ひどいショックを受けて、恐怖や嫌悪感を覚えないのだろうか、ということです。

さて、バテ・シェバから妊娠を知らされたダビデは、ここで初めて事の重大さに気が付きます。彼は、命がけで戦場で戦っている部下の妻を寝取ってしまったのです。これは大スキャンダルです。バテ・シェバの子がウリヤの子であると言い張るのは不可能です。なぜなら彼はずっと戦場にいるのですから。バテ・シェバが普通の町の女性ならばなんとか言い逃れも出来たでしょうが、彼は名家の子女であり、夫以外の男性の子を宿すはずもないのです。ダビデは慌てました。さすがにこれは拙いと。そこで一計を案じます。彼女の夫ウリヤを呼び寄せて、バテ・シェバと一夜を共にさせればそれで一件落着ではないかと。彼女のお腹の子もウリヤの子だと、言い逃れできると。もちろん、この計画には当然バテ・シェバも協力しなければなりません。彼女が両親の咎めを感じて夫にダビデとの過ちを告白でもしようものなら、すべてが水泡に帰します。しかし、ダビデはバテ・シェバが当然協力するものと思っていたようです。ここからも、どうも二人の間には共謀関係があったような気がしてなりません。歴史にイフはありませんが、もしこのままダビデの策がうまくいって、子どもがウリヤの子だとなった場合には、バテ・シェバは夫を騙してダビデの子を彼の子だと偽って育てたのでしょうか。

ともかくも、ダビデはウリヤを戦場から呼び戻します。ダビデはウリヤに戦場での様子を報告させ、労をねぎらって家に戻ってゆっくりと休むようにと話します。しかしウリヤは謹厳実直な人物でした。神の箱、つまり契約の箱も主人のヨアブも同僚たちもみんな戦場で頑張っているのに、自分だけ安穏としていられようか、というのです。まさしくダビデとはえらい違いで、ダビデの浅ましさや罪深さが引き立つ行動です。困ったダビデはさらに一計を案じ、今度は自分との宴に招き、そこで酔わせてそのまま彼の家に送り返し、そこでバテ・シェバと一夜を過ごさせようとします。しかし、酔った後もウリヤは家には戻らず野宿のようなことをします。どうしようもないと悟ったダビデはさらに恐ろしい計画を立てます。なんとウリヤを戦場で見殺しにするように命令を出します。そして今回も汚れ役をヨアブに引き受けさせます。ダビデはヨアブに、ウリヤを危険な戦場に送り出し、しかも味方の兵士たちを立ち退かせて孤立させ、そこで戦死させるようにとの密命を送ります。しかもその密命を、命を狙われているウリヤその人に持たせたのです。もうこうなると最悪ですね。自分の忠実な部下を、何の罪もない部下を、自分の不倫をもみ消すために殺そうというのです。しかも自分は一切手を汚さず、訳の分からない命令を出すことでそうしようというのです。これほどの罪が赦されてよいのでしょうか。

しかし、何も知らないウリヤはその手紙を上官のヨアブに渡し、今回もヨアブはダビデの命令に黙って従います。まさにダビデのための汚れ役です。哀れなウリヤは真面目に戦闘に赴き、そこで命を落とします。ヨアブの命令はウリヤ以外の兵士たちにも伝えられたでしょうが、彼らはこの訳の分からない命令にひどく混乱したはずです。そんな理不尽な命令は聞けません、といった兵士もいたようです。しかし上官の命令は絶対です。逆らうわけにはいきません。しかし、せめてもの反抗として、ウリヤ一人を残して撤退せよとの命令には他の兵士たちも従わなかったようです。彼らは激戦地にウリヤと共に残り、ウリヤと共に戦死したのでした。こうしてダビデは、自分の優秀で忠実な兵士たちを相当数失ったものと思われます。今回は負け戦になりました。ヨアブもこのことを報告しなければなりませんでしたが、伝令の者に、もしダビデ王が無様な敗戦に怒ったならば、「あなたの家来、ヘテ人ウリヤも死にました」と付け加えるようにと命じました。ウリヤのことを「私の家来」ではなく、「あなたの家来」と呼ばせたことにヨアブの精一杯の皮肉を見る思いがします。それに対してダビデも、「このことで心配するな」と伝えます。敗戦の責任は感じなくてもよい、ということです。当然ですよね。ダビデの滅茶苦茶な命令のせいでヨアブは優秀な部下をたくさん失ったわけですから、ダビデがヨアブを非難できるはずがありません。そしてダビデはこう言います。「勝ったり負けたりするのは戦の常だから気にするな。それよりさらに頑張って敵を全滅させよ。」ほんとうにひどい命令ですね。ヨアブもこのあたりでは主君ダビデのことを完全になめ切ったのではないでしょうか。この馬鹿殿様には俺がついてやらなければならないと、という具合に。

さて、夫ウリヤの死はバテ・シェバに知らされました。もちろん彼女は悲しみますが、しかし喪も明けないうちにダビデに嫁いでいます。しかし、愛する夫を失い、しかもその夫を殺したであろうと思われる人物とすぐに結婚などできるのでしょうか?ハムレットではありませんが、「弱き者、汝の名は女!」と言いたくなってしまいます。このあたりも、バテ・シェバという人になんとなく不信感を覚えてしまうところです。そして問題のダビデは、なんとあまり良心の痛みを感じていないようです。いろいろあったけど、何とか丸く収まった、とでも思っているかのようです。しかし、そうはいかなかったのです。ここで物語の隠れた主役が登場します。そう、もちろん神様です。そのことは次回見ていくことにします。

3.結論

まとめになります。今回はダビデが次々と恐ろしい罪を積み重ねていくところを学びました。モーセの律法によれば、夫のある妻を無理やり犯した場合は石打の刑で死刑になります。ですからダビデは死罪に当たる罪を犯し、それを隠ぺいするために無実の人を殺すという罪を重ねていきます。神が公平な方ならば、神はダビデを裁くべきではないか、サウル王がダビデより軽い罪で王位を追われたのなら、ダビデも少なくとも王位を追われるべきではないか、と私たちは考えます。しかしダビデの罪は赦され、王位にも留まりました。神は公平な方ではないのか、と私たちはこれから疑問を抱くかもしれません。しかし、神はダビデと契約を結んでいました。ダビデやその子孫はいくら罪を犯そうと、王位を取り去られることはない、という契約です。神は契約を守る方ですので、ダビデを王位から退けることはなさいませんでした。しかし、では神はダビデの罪を本当に見逃したのかといえば、そうではありません。

今回のダビデの行動で驚くべきことは、ダビデの頭の中から神の存在がすっぽりと抜け落ちていることです。ダビデは危機に際して神に祈るどころか、思い出すことすらしていません。ひたすら自分で考えて、自分の思うように行動しています。「神が見ている」という意識が欠落しているのです。これは私たち現代人にはよくわかることかもしれませんが、ダビデのように信仰心が篤いと思われていた人物には本当に驚くべきことです。神はいわばこのドラマの中では忘れられた存在であるかのようです。しかし、神は黙っておられても、いつも見ておられるのです。神はダビデの行動をもちろん見ておられました。そして、罪が熟しきったときに、裁きを始めます。神はダビデを赦したのではないか、と思われるかもしれません。確かに神は律法の教えを曲げてでも、ダビデに恩赦を与えます。ある意味で、神ご自身もご自分が結ばれた契約に縛られているからです。しかし、神はダビデに死刑よりも苦しい報いを与えたのも確かです。これからこの物語の手には神の見えざる手が働き、ダビデを追い込んでいきます。ダビデはどんどん窮地に追い込まれ、そこから助け出される時でさえ、必ず大切なものを失っていきます。神は侮られるような方ではないのです。蒔いた種は刈り取らなければなりません。私たちもこれからのダビデの物語を読み進めながら、神を畏れることを学びたいものです。お祈りします。

歴史のすべてを支配しておられる神よ、その名を畏れ、賛美します。今回はダビデの恐るべき罪を学びました。私たちもこのような大きな罪に陥らないように、小さな罪に向き合っていくことが出来るように助けてください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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ダビデの誠意第二サムエル9章1~10章19節 https://domei-nakahara.com/2025/01/12/%e3%83%80%e3%83%93%e3%83%87%e3%81%ae%e8%aa%a0%e6%84%8f%e7%ac%ac%e4%ba%8c%e3%82%b5%e3%83%a0%e3%82%a8%e3%83%ab9%e7%ab%a01%ef%bd%9e10%e7%ab%a019%e7%af%80/ Sun, 12 Jan 2025 04:14:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6094 "ダビデの誠意
第二サムエル9章1~10章19節" の
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1.序論

みなさま、おはようございます。私たちはサムエル記を読み進めて参りましたが、いよいよ物語は後半部分に入りました。といいますのも、今日のサムエル記下の9章からサムエル記の続編である列王記上の2章までは一つのまとまりになっているからです。それは一般的には「王位継承物語」と呼ばれています。今やイスラエルの王となったダビデの王座がその子ソロモンに受け継がれていくまでの過程を描いているのです。古今東西、王位をめぐる後継者争いは絶えないのですが、御多分に漏れず、ダビデ家の王位継承もすんなりとはいかず、数々のお家騒動を引き起こします。

その物語の中でダビデの人間的な弱さや醜さが赤裸々に描かれていくことになります。これまでのダビデの描写にはそうした負の部分があまりありませんでした。むしろダビデがいかに立派な人物で、王になるのにふさわしい人物か、ということが強調されてきました。しかし、これからはダビデの生々しい人間性が暴露されていきます。それは何よりも、バテ・シェバ事件によって明らかになっていくのですが、この大事件の前に置かれた今日の2章にも、ダビデの一筋縄ではいかない性格を垣間見ることができます。ダビデは決して、単なる「いい人」ではない、ということです。

今日の説教タイトルは「ダビデの誠意」となっています。誠意と訳した言葉のヘブライ語の原語は「ヘセド」です。前回の説教でも申し上げましたが、このヘセドという言葉は旧約聖書に二百回以上も登場する超重要ワードで、「恵み」や「慈しみ」、あるいは「愛」と訳される言葉です。神の恵みとは、すなわち神のヘセドなのです。このように、神に関して用いられることの多いヘセドですが、今日はダビデのヘセドについてのお話です。これをダビデの恵み、あるいはダビデの慈しみと訳すこともできますし、実際私たちが用いている聖書ではダビデが「恵みを施す」と訳していますが、私は「誠意を示す」の方がしっくりくると思うので、この説教タイトルにしました。

そもそもヘセドという言葉は契約に関することばです。契約とは何かといえば、それは約束よりも一層強固な関係を生み出すものであり、強固な関係とは私たちに馴染み深い例で言えば結婚や養子縁組がそれにあたります。契約とは血のつながっていない二人に血縁関係を作り出すものなのですが、この契約によって結ばれた両者の間で必要とされるのがヘセドなのです。契約によって結ばれた相手に対してどこまでも誠実であることがヘセドの本質です。神が私たち人間に対してどこまでも誠実であること、これが「神の恵み」の本質なのであり、「神は恵み深い」というのは「神は契約を結んだ相手に対して忠実な方である」ということを言い換えているのです。

そして今日の箇所ではダビデのヘセドがどのようなものだったかが示されています。つまり、ダビデが自らの結んだ契約に対してどのような態度を取っていたか、どのような意味で誠実だったのかということが分かるのがこの二章なのです。ここでは、ダビデがある二人の人物と結んだ契約に対してどう行動したのかが書かれています。一人はサウル王の息子で、ダビデと刎頸の契りをヨナタンです。ヨナタンは、サウル王に命を狙われていたダビデを助ける時に彼と契約を結びました。三国志で劉備玄徳と関羽、張飛の三人が義兄弟の契りを交わしたことは有名ですが、ダビデとヨナタンの関係もそのようなものです。その際に、ヨナタンはダビデに次のように願いました。第一サムエル記20章14節と15節をお読みします。

もし、私が生きながらえておれば、主の恵みを私に施してください。たとい、私が死ぬようなことがあっても、あなたの恵みをとこしえに私の家から断たないでください。主がダビデの敵を地の面からひとり残らず断ち滅ぼすときも。

ヨナタンは、父サウルとダビデとの争いの最終的な勝者はダビデになるだろうということを見抜いていました。したがって、ダビデが最終的な勝者になったときに自分に対して、また自分の家族に対して恵み、つまりヘセドを示して欲しいと願ったのです。

そしてダビデのヘセドはもう一人の人物に向けられています。それはアモン人の王ナハシュの子ハヌンです。10章と1節と2節には次のように書かれています。

この後、アモン人の王が死に、その子ハヌンが代わって王となった。ダビデは、「ナハシュの子ハヌンに真実を尽くそう。彼の父が私に真実を尽くしてくれたように」と考えた。

ここでは「真実を尽くす」、となっていますが、この「真実」のヘブライ語の原語も「ヘセド」です。このように新改訳第三版は同じ「ヘセド」という言葉を恵みと訳したり真実と訳したりしているので分かりづらくなってしまうのですが、どちらも同じことを言っているのです。ダビデは、イスラエルの王子ヨナタンやアモン人の王ナハシュが自分に対してヘセドを示してくれたので、返礼として自分も彼らの子どもや子孫にヘセドを示そうと考えたということです。この点を踏まえたうえで、9章と10章をそれぞれ見ていきましょう。

2.本論

さて、王としての地位を盤石なものとしたダビデはサウル家の生き残りを探すことにします。ここで注意したいのは、もうダビデにとってサウル家は脅威ではなくなっているということです。サウルが死んだ直後はサウル家はまだ大きな力を持っていましたが、この時にはサウル家は滅んだも同然でした。豊臣秀吉が死んだ後も、徳川家康は豊臣家の力を恐れていましたが、大坂冬の陣、夏の陣の戦いで豊臣秀頼を滅ぼした後には豊臣家の脅威は消え去りました。当時のダビデもそのような状況でした。というのも、ヨナタンを含むサウルの息子たちはサウルと共に戦場で死んでしまいましたし、生き残って二代目の王となったイシュ・ボシェテもダビデに寝返ろうとしたサウル家の家臣によって殺害されていたからです。サウル家はもう滅んだも同然でした。そんな時にダビデは、亡き親友のヨナタンとの契約を思い出しました。ヨナタンに、サウル家を滅ぼさないでくれと頼まれていたことを思い出したのです。

ただ、だからといってダビデがヨナタンとの契約に忠実だったと言ってよいのかどうか、疑問が残るところです。というのも、これまでのダビデの行動を振り返ると彼はサウル家の存続のために誠実に行動したとはいえないからです。サウル家の最後の王であるイシュ・ボシェテを殺したのはダビデではありません。彼は部下の裏切りによって殺されました。しかしそれは、ダビデが彼の家臣であるアブネルと密約を結んで、サウル家の実質的な王権をダビデ家に移譲してしまったからでした。そのために、部下たちはイシュ・ボシェテの天下は終わりだと、彼を見限ったのです。その意味では、イシュ・ボシェテはダビデが殺したも同然です。こうしてサウル家が自分にとって脅威がなくなって初めて、ダビデはヨナタンとの約束を思い出したわけです。譬えて言うならば、大坂夏の陣で豊臣家を滅亡させた後に、家康が豊臣家の生き残りを探して温情を示そうとするようなものです。そう考えると、ダビデは無二の親友だったヨナタンとの友情よりも、自らの王朝を盤石にすることを優先したと言えるでしょう。別にダビデが冷酷な人だったといいたいわけではありません。一国の主になるというのは、こういうことなのかもしれません。ダビデにとって何よりも重要だったのは自らの王権の維持だったのです。

そして、見つけだしたサウル家の生き残りは、こういう言い方は不快なものであることを断ったうえで申し上げると、ダビデにとってはとても都合の良い人物でした。つまり、野心に溢れて隙あらばサウル家の再興を成し遂げようと虎視眈々と狙っている油断のならない人物ではなく、むしろ人畜無害で保護してやらなければならない人物が見つかったからです。それはメフィボシェテという人物でした。ダビデとその王座にとって、脅威とならない人物だったということです。彼は以前に、一度だけサムエル記に登場したことがあります。そこをお読みします。第二サムエル記4章4節です。

さて、サウルの子ヨナタンに、足の不自由な子がひとりいた。その子は、サウルとヨナタンの悲報がイズレエルからもたらされたとき五歳であった。うばがこの子を抱いて逃げるとき、あまり急いで逃げたので、この子を落とし、そのために足のなえた者になった。この子の名はメフィボシェテといった。

サウルが死んだ時5歳だったということは、それから十年近くの歳月が流れているのでダビデに呼ばれた時は十代半ばだったと思われます。彼は体が不自由だったこともあり、サウル家とダビデ家との戦いに巻き込まれないようにと人目に付かないところで隠れるようにひっそりと暮らしていました。それが突然王であるダビデから呼び出されて、恐怖しか感じなかったものと思われます。

彼とて、先代のイスラエルの王の孫であり、勇者ヨナタンの忘れ形見なのですから、ダビデの前に出ても堂々としていてもよいようなものですが、メフィボシェテはそのような強い性格の人物ではなく、むしろ気弱な人でした。ダビデの前に真っ青な顔をして現れ、その前にひれ伏しました。かつての王家の者とは思えないほど哀れで痛々しい姿です。ダビデもそれを見て安心したのでしょう。この男は自分にとって危険な人間にはなりそうもない、と。そこで、「恐れることはない」と声をかけます。しかし、メフィボシェテからすれば恐れて当然です。彼のせいで、一族のほとんどの者は亡き者となってしまったのですから!

ダビデはこの哀れな少年に、望外な「恵み」を施すことにしました。サウル家が滅んでしまったために、王の所有していた膨大な地所はダビデの管理するものとなっていましたが、その地所をメフィボシェテに返してやろうというのです。これは極めて寛大な申し出でした。今や没落王族として、無一文に近い状態だったメフィボシェテにとっては信じられない話だったでしょう。

しかし、ダビデは注意深くこう付け加えました。「あなたはいつでも私の食卓で食事をしてよい。」これは許可を与えるような言い方ですが、実質的には「あなたは毎日私の食卓に来なさい」と言っているのと同じです。王の誘いを断るようなまねは、弱い立場のメフィボシェテにはとてもできなかったでしょうから。つまり、サウル王家の最後の生き残りであるメフィボシェテは今後常にダビデの監督下で暮らすことになるということです。一種の籠の鳥です。また、ダビデは体の不自由なメフィボシェテを食卓に招くことを国中に宣伝することで、自らのイメージアップを図ることができます。今でも政治家が、自分の寛大さをアピールするために困った人たちと面会したり食事をしたりして、それをマスコミに盛んに宣伝させてイメージアップを図るというようなことがありますが、それと似ています。このメフィボシェテについての章の最後の言葉が「彼は両足がなえていた」であるのは何やら暗示的です。それは、彼がダビデの脅威とはならない人物であるのを強調するものだからです。ここまで、ダビデについてかなり辛辣な言い方をしました。このような評価はおかしいと思われるかもしれません。聖者ダビデのイメージからすると、こうした見方はあまりにうがったものではないか、ということです。しかし、ダビデのヘセド、恵みは実際はかなり打算的だったということは、次のハヌンとのエピソードからも分かる気がします。

それでは次の10章にいきましょう。ダビデは、アモン人の王であったナハシュが自分にヘセドを示した、恵みを施してくれたと言います。つまりダビデとアモン人の王ナハシュとの間には何らかの契約があったことが仄めかされています。しかし、このアモン人の王ナハシュとはとんでもない人物です。ナハシュとは「蛇」という意味ですが、名は人を表すという諺通り、彼は蛇のような人物でした。第一サムエル記11章1章から3節までをお読みします。

その後、アモン人ナハシュが上って来て、ヤベシュ・ギルアテに対して陣を敷いた。ヤベシュの人々はみな、ナハシュに言った。「私たちと契約を結んでください。そうすれば、私たちはあなたに仕えましょう。そこでアモン人ナハシュは彼らに言った。「次の条件で契約を結ぼう。おまえたちみなの者の右の目をえぐり取ることだ。それをもって全イスラエルにそしりを負わせよう。」

と、このようにイスラエルにとんでもない条件をふっかけた王です。幸い、その時はサウル王が大活躍してアモン人を撃退してくれたので、イスラエルはこの狂った王に仕えずに済んだのですが、この冷酷非情な人物がダビデに対してヘセド、つまり恵みを施していたというのです。いったいどのような恵みをナハシュがダビデに与えたのか、詳しいことは書かれていません。しかし、おそらくはナハシュは自分を打ち負かしたサウルを深く恨んでおり、そしてサウルとダビデが敵対していた時に、敵の敵は味方ということで、ダビデに肩入れしたのではないでしょうか。ですからナハシュとダビデの間の契約は、深い信頼関係に基づくというよりも、非常に打算的なものだったと思われます。ダビデはサウル王と敵対していたときに、イスラエルの宿敵であるペリシテ人の傭兵隊長になったような人ですから、残忍なナハシュと同盟を結んでも不思議ではなかったのかもしれません。

そのナハシュが死に、ダビデは彼の子であるハヌンに弔意を表すために使者を送ります。ダビデとしては、ハヌンとも同盟関係を維持したいと考えていたようです。しかし、ハヌンや彼の部下たちはダビデの行動を額面通りには受け取りませんでした。というのも、先の8章で学んだようにイスラエルの王となった後のダビデは帝国的とでも言える行動を取っており、近隣諸国に次々と侵攻して彼らを征服・隷属させていたからです。アモン人も、次は自分たちのところにダビデの軍勢が攻めて来るのではないかと警戒していました。ですからダビデの使者も敵情視察のためのスパイではないかと疑ってかかったのです。そこで、ダビデに対して我々はお前に決して膝をかがめないぞ、というメッセージを送ることにしました。使者のひげを剃り落とし、彼の服を切っておしりが露になるようにしました。ひげを切り落とすというのは中近文化では最低の侮辱を示す行為です。ハヌンはダビデの使者を徹底的に侮辱したのです。ダビデも使者たちがどれほど恥ずかしい思いをしたのかがよく分かっていました。ですからひげを切り落とされた使者たちに対し、ひげが再び伸びるまで帰国しなくてもよいという処置を取りました。そして、このように公然と侮辱された以上、アモン人に対して断固たる態度で臨まなければならなくなりました。もうアモン人との契約は破棄されたのです。

アモン人の側も、ダビデとの対決を決意していたので、アラム人の傭兵を大量に雇って戦いに備えます。相当な戦力でイスラエルとの戦いに打ち勝とうとしたのです。

アモン人が戦の準備をしていると聞いたダビデは行動を起こします。しかしそれは、あのヨアブを遣わすことでした。ヨアブについては、独断でサウル家の武将であるアブネルを殺害した件があり、ダビデはアブネルに怒って「主が、悪を行う者には、その悪にしたがって報いてくださるように」と呪いのようなことばを発しました。けれども、この言葉はおそらくは対外的なジェスチャーでした。アブネル殺害に自分は責任はないと言いたかったのです。その証拠に、ダビデはヨアブを処罰するどころか、それからもますます彼に頼るようになります。もはやダビデはヨアブなしにはやっていけなくなってしまいました。これまで面倒な汚れ役はすべてヨアブに任せてきたので、ダビデはとうとう、王としての最も重要な責務である敵との戦いまでヨアブに丸投げするようになりました。そして、次回見ていくように、ヨアブを厄介な敵と戦わせて自分は王宮で遊んでいたダビデが、あのバテ・シェバ事件を起こしてしまうのです。ここから分かるのは、ダビデはすでに相当堕落した王になってしまっていたということです。

3.結論

まとめになります。今日はダビデ王のヘセド、恵みとか真実とか誠意と訳される言葉ですが、ダビデのヘセドが如何なるものかを見て参りました。しかしダビデの誠意は、実際には誠意と呼べるような代物ではないのではないか、とさえ思えるものでした。そもそもダビデがナハシュのようないかがわしい人物と契約を結んでいたこと自体が大きな驚きでした。また、ダビデは一見ヨナタンとの契約を果たしたように見えますが、それは自分の権力に何の脅威をもたらさないという条件の下でのヘセドでした。ダビデの契約に対する態度を注意深く見ていくと、バテ・シェバ事件以降の彼の見苦しい行動にもそれほど驚く必要もなくなる気さえします。

このように、サムエル記は聖者や英雄の話というよりも、非常に利己的な人物についての話であることが明らかになっていきます。そして、この赤裸々さこそこのサムエル記という文学、また聖書の偉大さを示すものなのです。サムエル記はダビデ王の正統性を喧伝するためのプロパガンダ記事ではありません。むしろ、神の前に人間がどれほど醜く利己的であるのか、人間が抱える罪の問題の根深さを包み隠さず伝えているのです。ダビデのような有名な人でさえ、実際の姿はこのようなものだったのかという驚きを覚えます。しかし、ダビデも初めからこうだったわけではありません。サムエル記上で見てきたように、ダビデにも誠実さに溢れた時期があったのです。しかし、一旦権力の魔力を味わってしまうと、人間は変わってしまうのです。ダビデはその典型だと言えるでしょう。

新約聖書では、苦難を経験することは良いことなのだ、という一見私たちの常識に反するような教えが繰り返し述べられています。ダビデが栄達を極めた結果堕落していく姿を見るならば、最後まで貧しく、人としての栄達を求めなかったイエスの歩みがますます際立ってきます。イエスは最期まで人に仕える人生を送り、その結果として彼は全世界の主にまで高められました。晩年を汚したダビデとはまさに対照的です。私たちはダビデのようにではなく、イエスのように歩むようにと招かれているのです。そのことを常に忘れないようにしながら、これからもダビデの今度の生きざまを見て参りましょう。お祈りします。

貧しい者の一人として地上の生涯を全うされたイエス・キリストの父なる神様、そのお名前を賛美します。私たちはこれからダビデの暗い面を見て参りますが、そこから信仰者として必要なことを学び取ることができるように、知恵をお与えください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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ダビデとの契約第二サムエル7章1~8章18節 https://domei-nakahara.com/2025/01/05/%e3%83%80%e3%83%93%e3%83%87%e3%81%a8%e3%81%ae%e5%a5%91%e7%b4%84%e7%ac%ac%e4%ba%8c%e3%82%b5%e3%83%a0%e3%82%a8%e3%83%ab7%e7%ab%a01%ef%bd%9e8%e7%ab%a018%e7%af%80/ Sun, 05 Jan 2025 04:13:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6074 "ダビデとの契約
第二サムエル7章1~8章18節" の
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1.序論

みなさま、おはようございます。主の年2025年の最初の礼拝を皆さまと共に主に献げられることを感謝します。今年の説教も、昨年に続きましてサムエル記を読み進めて参ります。昨年は主にサムエル記の前半、上巻を読んできましたが、そこで描かれるダビデは若き英雄、苦難においても神への信頼を失わない立派な神のしもべでした。しかし、これまでと違い、王となって地位と富を独占するようになる今後のダビデの歩みは神に選ばれた聖者とは程遠いものになっていきます。むしろそれは浅ましい、エゴイスティックな王で、自業自得で惨めな晩年を送ることになります。ダビデは王としても父親としても失格であるということが、これから起こる一連の出来事で明らかになっていきます。そのような今後のダビデの歩みを考えると、今日の箇所は驚くべき内容です。ダビデがどれほどひどい罪を犯そうとも、彼から恵みが取り去られることはないのだということがその内容だからです。

今日の箇所は、キリスト教信仰にとっても大変重要な箇所です。それは神がダビデに、とこしえの王座、永遠の王国を約束しているからです。ですからクリスチャンは、このダビデに与えられた永遠の約束がダビデの子孫であるイエス・キリストにおいて成就されたとして、この神とダビデとの契約をメシア預言として大変重要視しています。しかし今日の説教では、今日の箇所をイエスについての預言としてではなく、ダビデとその王朝にとってどんな意味があったのかという歴史的な観点から見ていきたいと思います。

ダビデという人物は、後世のユダヤ人にとっても、また私たちクリスチャンにとってもイスラエルに全盛期をもたらした伝説の王です。ダビデの時代にイスラエルは大発展し、帝国と呼べるほどまでに領土を拡大して中近東の大国になりました。ですからユダヤ人たちはダビデの時代をイスラエルの黄金時代として郷愁を持って思い出します。クリスチャンにとっても、主イエスが「ダビデの子孫」、あるいはダビデの再来というような言われ方をするので、ダビデを非常に高貴な人物とし見なし、ある意味、理想化されているとも言えます。しかし、ダビデの同時代の人々にとっては、彼はそのような人ではありませんでした。もちろん彼は誰もが知る有名人でしたが、すべての人が彼を快く思っていたわけではありません。彼はしがない羊飼いから大出世を遂げてイスラエルの王にまで上り詰めた人物でした。そのような異常ともいえる大出世には当然妬みややっかみがついて回ります。当時の有力者たちには、ダビデが王になったことをよく思わない人たちも当然いました。従ってダビデは、全イスラエルの住民に自分こそ王に相応しい人間であることを認めさせなければなりませんでした。ダビデの先代の王であるサウルはダビデと同じように神から見いだされ、イスラエルの初代の王となりましたが、その神から退けられてしまいました。永続的なサウル王朝を確立することはできなかったのです。ダビデとしてはその同じ轍を踏まないように、サウルとは違い安定した王朝を打ち立てることを何よりも願っていました。そのためには人々から認められる必要があったのです。

ダビデはそのための努力を続けています。まず、先代の王であったサウル王の娘のミカルと結婚します。これはダビデがサウル王の正統な後継者であることを示すために必要なことでした。日本でも、農民から天下人へと大出世した豊臣秀吉は非業の死を遂げた主君織田信長の妹の娘の淀君を妻にしましたが、それは自分が信長の正統な後継者であることを示すためでもありました。

そしてダビデは自分の王としての実績作りのために、新しい都づくりを始めました。日本でも鎌倉幕府や江戸幕府を開いた源頼朝や徳川家康は当時の日本の中心である京都を避けて、全く関係のないところにゼロから自らの居城を築きましたが、ダビデも同じことをしました。これまでユダ族の中心都市であったヘブロンではなく、外国人の都市であったエルサレムを攻略してそこを首都にしようとしたのです。エルサレムは難攻不落の都市であり、モーセの後継者のヨシュアの時代から数百年間もイスラエル人の攻撃を跳ね返してきた城塞都市でした。この都市を攻め落とすことができれば、自分に好意的ではないイスラエルの人たちも自分を王として認めてくれるに違いないと考え、ダビデはエルサレム攻略のための秘策を立てて、そしてそれを見事に成功させます。エルサレムというのはずっとイスラエルの首都だったというイメージを私たちは持ちますが、実際にはこの都市はダビデによって征服された都市だということに注意しましょう。

ダビデは、この新しく獲得したエルサレムという都市を自らの威光や権威を示すために大改造していきます。彼が最初に取り掛かったのは自らの居城、王宮の建設でした。彼は伝統的なイスラエル建築ではなく、当時の流行の最先端を行く王宮を建てようと、外国のフェニキア人の建築家を雇い、外国様式の王宮を建てました。その王宮にはレバノン杉がふんだんに使われていましたが、レバノン杉は当時の富の象徴で、現代の金持ちが富の象徴としてレクサスに乗るようなものです。ダビデは王の威光を示すような立派な宮殿を作ったのです。

しかし、自分のためだけに立派な王宮を建てることは、民衆から大きな反発を招く可能性がありました。なぜならイスラエルの人々にとって真の王様は人間ではなく神だからです。古代世界において、神殿とは第一に礼拝するための場所ではなかったということに注意が必要です。神殿とは何か?それは神の家でした。もちろん神は地上ではなく天上に住まうと古代の人たちは信じていましたが、その神は地上にも家を持っているとも信じていたのです。譬えて言うならば、天上の神の家が神の本宅であるならば、地上の神殿はこの世界における神の別宅、セカンドハウスのようなものです。このような世界観を古代の人たちは持っていました。したがって、王となったダビデが自分のために新しい都に宮殿を建てたのに、真の王である神のために都の中に神殿を建てないということは非常に由々しき事態でした。しかもダビデは前回学んだように、神の契約の箱をエルサレムに運び入れています。契約の箱は、神がそこから現れる聖なる箱、地上における神の象徴、あるいは神そのものとまで信じられていたものです。その契約の箱を収めるために、立派な神殿を作るべきではないか、という考えはダビデのみならず多くのイスラエル人が考えたことでした。

とはいえ、エルサレムに神殿を作るということには大きな問題もありました。なぜなら、神ご自身が作るように命じたのは幕屋であって神殿ではないからです。神はダビデの時代から数百年も前ですが、モーセに対して幕屋の作り方を詳しく説明してそれを作らせました。幕屋と神殿には根本的な違いがあります。幕屋とは、移動式テントだということです。テントは旅人が用いるものです。ですから神はこの地上においてはいわば旅人として、自由にどこにでも行かれるということを示しているのが幕屋なのです。それに対して神殿は固定式住居です。幕屋のように移動できませんから、ずっとそこに住み続けるということが前提とされています。ですから、固定式神殿を建てるということは、うがった見方をすれば神から移動の自由を奪うということになるのです。ダビデにとっては、神が自分の新しく作った都にいつまでも定住してくれるほうがありがたいのです。エルサレムという、これまでは外国人が住んでいた都市がイスラエル人にとって永遠の都になるためには、神ご自身がエルサレムを選んだ、神ご自身がエルサレムを終(つい)の都として定めたということになって欲しいのです。そうなれば、エルサレムの威信は否が応にも高まります。そしてひいては、その都を拠点とするダビデ王朝も盤石となります。このように、ダビデ王家を安定させたいダビデの政治的な思惑としては、神が自由にどこにでも行けてしまう幕屋ではなく、他の民族のように固定式の神殿を持ったほうがよいということになります。そうすれば神を自分の近くに留めておけるからです。しかしそれはダビデの思惑であり、神は一言も固定式の立派な神殿を作れとはおっしってはいないのです。そこにダビデと神の思いの食い違い、ずれがあります。サムエル記はダビデ王朝の視点から、ダビデ家の正統性を示すために書かれているという面があることに留意しなければいけません。しかし、人の思いと神の思いは違うということも、聖書を深く読んでいくと見えてくるところがあります。私たちはテクストの表面的な記述だけではなく、テクストの裏側あるいは奥を見ていくことで神の御心を探っていく必要があります。そのような観点から今日のみことばを見て参りましょう。

2.本論

さて、では7章から見ていきましょう。ここには三人の主な登場人物がいます。一人はダビデ王、もう一人は預言者ナタン、そして神ご自身です。この三者の思惑や目論見がそれぞれ異なっていることに注意が必要です。

まず確認したいのは、今回神殿を作りたいと言い出したのは神ではなくダビデだということです。神はかつて、モーセに対し幕屋を作るように指示をして、その作り方まで事細かく指示しました。それに対し、ダビデには一言も神殿を作れとは命じていないし、したがって神殿の構造や仕様については何も語っておられないのです。この神殿プロジェクトは神のプロジェクトではなくダビデのプロジェクトであるということをまず押さえておきましょう。

ダビデはこの計画を、神の預言者であるナタンにまず相談しました。預言者は神の代弁者ですから、預言者からお墨付きをもらうことは神ご自身からお墨付きをいただくことになります。これまでダビデの周りには何人かの預言者がいましたが、ここで初めてナタンという預言者が登場します。このナタンがどんな人物なのか、何の説明もありませんが、今後このナタンはダビデ家における非常に重要な預言者、かつてのサムエルのような権威を持つ預言者となっていきます。そしてナタンは初めにダビデの計画を聞いて、もろ手を挙げて賛成しています。「さあ、あなたの心にあることをみな行いなさい」と、ダビデを全面的に支持しています。しかし、実は神の御心はダビデともナタンとも違っていたのです。神に選ばれた王も、神の預言者も、少なくともこの時点では神の御心を読み違えていたのです。

さて、そのことに最初に気が付いた、いや気づかされたのは預言者ナタンでした。彼は神の言葉を預かりました。考えて見れば、ナタンは最初ダビデから神殿建築のプランを聞かされた時に、すぐにそれに賛成するのではなく、「まず神の御心を伺いましょう」というべきでした。それをせずにすぐにダビデに賛成してしまった点は、ナタンといえどもまだ預言者としては未熟だったと言えるでしょう。

しかしナタンは神の言葉を頂き、自分の誤りに気が付きます。神は、私は神殿を作れなどと一言も命じていないとおっしゃいます。神は、『なぜ、あなたがたはわたしのために杉材の家を建てなかったのか』と一言でも言っただろうかと尋ねます。ここには皮肉のトーンがあります。わがままな王様なら、自分の部下が杉で造ったかっこいい家に住んだらそれを妬んで、王である私はもっと立派な家に住むべきだ、というでしょうが、イスラエルの神はそんな小さなお方ではないということです。神はそんなものは不要だとおっしゃいます。さらに神は、ダビデの心の奥にある不安も見抜いておられるようです。ダビデが一番恐れているのは、自分が先代のサウル王のように神から見捨てられてしまうことでした。ですから自分の家のすぐ近くに神の家を建てて、神が自分を見捨てないように、どこかに行ってしまわれないようにと神殿を作りたがったのです。そこで神は、私はいつもあなたと共にいる、恐れることはないのだ、と語ります。神殿など造らずとも、私はどこにもいかないよ、ということを神はナタンを通じてダビデに伝えました。

それどころか、今度はダビデではなく神がイニシアティブ、主導権を取ります。ダビデが神のために家を作るのではなく、神がダビデのために家を作ろう、とおっしゃるのです。ヘブライ語の家はバイトという言葉ですが、これは家という意味と、王朝という意味の二重の意味があります。つまり神は、神殿を作りたいというダビデの申し出の背後に、自らの王朝を盤石なものとしたいというダビデの切実な願いを見て取り、それをかなえてあげようというのです。ダビデが一番聞きたかった神の言葉は、15節にあります。そこをお読みします。

しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵みをサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。

ここで「恵み」という言葉が出て来ますが、これは「ヘセド」という言葉です。以前の説教でも取り上げましたが、この言葉は旧約聖書に二百回以上も登場する、大変重要なキーワードで、「恵み」の他にも「慈しみ」とか「愛」などと訳される言葉です。この言葉は不変の忠実さという意味合いがあります。ここで神はダビデに対し、サウルとサウル王家に起きたようなことはあなたの家には起こらないと約束したのです。つまりサウルは罪を犯した、神に対して忠実でなかったために神から退けられましたが、ダビデとその子孫が大きな罪を犯しても、あるいは神に不従順であっても、神はそれを懲らしめはするけれど、彼らから王位を取り上げることはしないと約束したのです。これはダビデにとっては願ってもないことでした。ダビデも人間ですから、当然罪を犯します。しかし、どんなに罪を犯しても、神は究極的には赦してくださるというのです。こんなにありがたい話はないでしょう。少なくともダビデは、神の言葉をそのように理解したものと思われます。しかし、この神の言葉の意味をそのように理解するのは果たして正しかったのか、私たちはよくよく考えなければなりません。

ともかくも、神の言葉はダビデに大いなる安心感を与えたものと思われます。この神の言葉に勇気を得たダビデは、次々と周辺諸国の征服に乗り出します。向かうところ敵なしの勢いで周囲の国々を平定していきます。その様子が8章に詳しく書かれています。まさに、この世の春を謳歌したダビデでした。

しかし、いくら罪を犯そうとも究極的には神は赦してくださるのだという理解は、段々とダビデ自身を、そしてダビデ王家を蝕んでいきました。これから見ていくように、今後ダビデはとんでもない罪を犯します。先代のサウル王の百倍も重い罪だといってもよいでしょう。サウルは王位を追われましたが、しかしダビデは王として留まりました。王の地位は失わなかったものの、ダビデの家はバラバラになり、崩壊していきました。ダビデの晩年はまったく輝きを失ったものとなりました。しかし、ともかくもダビデの王朝は存続できたのです。これは、神がダビデの家は永遠だという約束を守ってくださったからだとも言えます。そしてダビデの子孫たちは、そのように理解したものと思われます。これからダビデ王朝は四百年も続きます。四百年というのはとんでもない長さです。非常に安定していた徳川幕府でさえ260年しか続かなかったのですから。そしていつしかダビデ王朝の人たちは、ダビデの家は永遠だと信じるようになりました。どんなに罪を犯しても、神は結局は赦してくださる、ダビデとの契約がその保証なのだ、と思うようになったのです。神を蔑ろにする王も現れましたが、それでもダビデ家は続いていきました。

ですから四百年後にダビデ王朝がバビロンによって滅ぼされた時、人々はその現実を受け入れることができませんでした。ダビデ王朝は不滅ではなかったのか、と彼らは自問しました。むろん、神もダビデとの約束を忘れたわけではありませんでした。ダビデの家が永遠であるという約束は、ダビデ王朝が滅んでからなんと六百年も経ってからダビデの子孫であるイエス・キリストによって成就します。しかし、イエスの打ち立てた王国は、ダビデのように周囲の国々を次々と征服することによってもたらされるものではありませんでした。イエスの王国は、敵を滅ぼすことではなく、むしろ人々に仕えることによってもたらされるものだったのです。しかし、ダビデの幻影を追い求める人々は、イエスの王国が理解できませんでした。私たちも、もしかするとイエスの王国を理解しそこなっているのかもしれません。実際のところ、キリスト教国と呼ばれる国々は長いキリスト教の歴史の中で戦争ばかりしてきました。彼らが追い求めたのはダビデ的な王国であり、イエスの王国ではなかったように思われます。

3.結論

まとめになります。今日は神がダビデと結んだ契約を見て参りました。ダビデは神のために家を建てたいと申し出ました。その申し出にはもちろん神を畏れ敬う気持ちがありましたが、その奥底には自らの王国を盤石なものにしたいというダビデの個人的な目論見が隠されていました。神はそれをお見通しであり、神は神殿を建てたいというダビデの願いを退け、反対に神様の方からダビデに家を与えてくださるという約束をされました。この家とは王朝のことであり、ダビデの王朝は永遠だという約束でした。しかも、サウルのように罪を犯したからといって、この約束が撤回されることはないという非常に寛大な約束まで与えられたのです。これは神の大いなる恵みでした。しかしダビデもその子孫たちも、この恵みに誠実に応答したというよりも、むしろそれに安住して道を誤ってしまったように思えます。この神の絶対的な約束が彼らに誤った安心感を与え、罪に対する感受性を奪ってしまったようにも思えるのです。

私たちもここから大切なことを学ぶべきでしょう。ダビデは自分の王朝が存続するということの確証を求めましたが、クリスチャンの場合は王朝ではなく自分自身の救いの確証を求める傾向があります。これは特にルターの宗教改革を経たプロテスタントに言えることで、プロテスタントの人は「救いの確証」を何よりも強く追い求めます。自分が絶対に救われているという保証を求めてしまうのです。しかし、あの予定説を唱えたカルヴァンによれば、誰が選ばれているのかは人間には決して知り得ないのです。分からないことをあれこれ考えても仕方がありません。むしろ救いの確証ばかり求めると、むしろ私たちの霊性は歪んだものになりかねません。ダビデの子孫たちが自分たちの王国は永遠だという思い上がりから大きな罪を重ねてしまったように、自分は絶対に救われているという偽りの安心感を抱く者は、自分の罪に対して鈍感になってしまう可能性があるからです。たとえ救いを失わないとしても、私たちは自分の蒔いた種は必ず刈り取らなければならないことも忘れてはいけません。ダビデの王位は取り去られませんでしたが、彼はその罪の報いを死ぬことより苦しい家族の崩壊という形で味わうことになりました。私たちは主を畏れ、謙虚に生きていかなければなりません。正月早々、厳しいお話になりましたが、今年も主を畏れ、主の前に誠実に歩んで参りましょう。お祈りします。

ダビデに恵みを賜った神様、そのお名前を賛美します。しかし、私たちはそのような大きな恵みを自分に都合よく解釈してしまう愚かな者でもあります。どうか主の前に常に謙遜に歩む気持ちをお与えください。われらの平和の主、イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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忍耐への報いヤコブの手紙5章7節~11節 https://domei-nakahara.com/2024/12/29/%e5%bf%8d%e8%80%90%e3%81%b8%e3%81%ae%e5%a0%b1%e3%81%84%e3%83%a4%e3%82%b3%e3%83%96%e3%81%ae%e6%89%8b%e7%b4%995%e7%ab%a07%e7%af%80%ef%bd%9e11%e7%af%80/ Sun, 29 Dec 2024 05:13:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6054 "忍耐への報い
ヤコブの手紙5章7節~11節" の
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みなさま、おはようございます。早いもので、本日が2024年の最後の主日礼拝になります。この一年間も主に守られてこうして教会の歩みを続けられたことを心から感謝します。今日はヤコブの手紙からみことばを取り次がせていただきます。ヤコブの手紙は今年の二月から毎月月末にメッセージさせていただいておりますが、来年の一月で最終回になります。ですから、ちょうど丸一年かけてヤコブ書を学んできたことになります。

そして今日の箇所ですが、これは前回の箇所である5章1節から6節までと対になっています。といいますのも、1節から6節までは、貧しい人を虐げる富んだ人たちに対する警告、神の裁きが近いという厳しいメッセージでしたが、この7節から11節までは逆にこうした富んだ人たちから搾取されて苦しむ貧しい人たちに向けてのメッセージになっているからです。貧しい人たちの苦しみを顧みずに彼らから搾り取れるだけ搾り取ろうとする人々に対しては、主の厳しい裁きが待っているわけですが、では彼らに苦しめられる側の貧しい人たちはどうすべきなのか?そのような状況に置かれていた彼らが取るべき態度は何か、というのが今回のテーマです。

そのような問いについて、今日の箇所をお読みいただければお分かりになるように、ヤコブは「忍耐しなさい」と教えます。しかし、こういう教えに反発を感じる現代人は多いのではないでしょうか。理不尽な状況に置かれながら、ただ我慢して待て、というのは我慢できないという人もおられると思います。資本家たちに搾取されていた労働者に対して団結を説き、ブルジョアを打ち倒して労働者の天国を築くことを目指した共産主義の生みの親であるカール・マルクスは「宗教はアヘンだ」と喝破しました。現状の不平等や不正義を手をこまねいて甘受し、いつか天国にいけるのだから今は我慢しようというような態度は、結局は時の権力者にいいように使われているだけではないか、と言おうとしたのでしょう。確かにマルクスの言うことにも一理あります。宗教を利用して、人々の当然持つべき不公平な状況への怒りを逸らしてしまおうという試みがあるとすれば、そんなことは許せないと感じるでしょう。権力の側と結びついた体制維持のための宗教には、確かに警戒しなければない面があります。しかし、ではかつての共産主義が是とした暴力革命、つまり力づくでブルジョアを打ち倒して理想の社会を築こうという試みが正しいのかといえば、暴力によって樹立された政権は、結局は人を幸福にはしてくれないということも歴史が証明した真実なのではないでしょうか。

私たちが目指すべきなのは、現状をただ仕方がないと諦めてしまう諦念でもなく、反対にいくら血を流そうとも理想の社会を追求するためにはそうした犠牲も仕方がないのだというある種のニヒリズムでもなく、むしろ主の御心を実行していくことです。では主の御心とは何かを考えてみましょう。

私たちは来年の年間主題聖句として詩篇37編の一節を選びました。それは、5節の「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」というみことばでした。そして、このみことばが含まれている詩篇37編全体は、今日のヤコブの手紙の教えと非常に深い関係がある箇所なのです。この37編全体のテーマは、悪を行って栄えている者に対してどうするべきか、ということです。それについてどのような教えがあるのか、いくつかの箇所を読んでみましょう。まず1節と2節です。

悪を行う者に対して腹を立てるな。不正を行う者に対してねたみを起こすな。彼らは草のようにたちまちしおれ、青草のように枯れるからだ。

また、7節にはこうあります。

主の前に静まり、耐え忍んで主を待て。おのれの道の栄える者に対して、悪意を遂げようとする人に対して、腹を立てるな。

さらに、10節から13節までをお読みします。

ただしばらくの間だけで、悪者はいなくなる。あなたが彼の居所を調べても、彼はそこにはいないだろう。しかし、貧しい人は地を受け継ごう。また、豊かな繁栄をおのれの喜びとしよう。悪者は正しい者に敵対して事を図り、歯ぎしりして彼に向かう。主は彼を笑われる。彼の日が迫っているのをご覧になるから。

悪者に対して腹を立てるな、ということが強調されています。これらの箇所から明らかなのは、一貫した聖書の教えである「復讐は神のすることだ」という教えです。悪者に対して腹を立てるな、我慢し、耐え忍びなさいというのは、ただ我慢して悪事を見逃せということではなく、彼らの悪事を裁くために主が行動されるのを待ちなさいということです。主は悪が栄える状態をずっと放置することはない、だからあなたは慌てて動こうとせずに主が動かれることを信じて待ちなさいというのがこれらのメッセージの内容なのです。待つということは、正義を行われる主を信じることであり、それゆえ神への信仰が試されることなのです。

しかし、待つといっても神様が行動されるまで何もしないでじっとしていろということでもありません。確かに私たちは復讐や報復のような行動は控えなければなりませんが、しかし何もしないということでもないのです。そのことを、再び詩篇37編から確認してみましょう。3節にはこうあります。

主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を行え。

また、27節と28節にはこうあります。

悪を離れて善を行い、いつまでも住みつくようにせよ。まことに、主は公義を愛し、ご自身の聖徒を見捨てられない。

そして、34節にはこうあります。

主を待ち望め。その道を守れ。そうすれば、主はあなたを高く上げて、地を受け継がせてくださる。あなたは悪者が断ち切られるのを見よう。

このように、悪者が悪いことをして栄えているのを見ても、それを羨んで真似しようとしたり、あるいは反対に悪者を自分の手でやっつけてやろう、正義の鉄槌を下してやろうというようなこともせずに、むしろあなたはただひたすら正しいこと、善を行いなさいというのが聖書の教えなのです。私たちは悪への報復は主に委ねつつ、悪とは反対のこと、つまり正しい行いによって悪に抗議する、悪とは違う道があることを世に対して証ししていく必要があるのです。

そのような聖書の教えの積極的な面をも踏まえながら、今日のヤコブの言葉を読んでいきましょう。7節、8節、9節をお読みします。

こういうわけですから、兄弟たち。主が来られる時まで耐え忍びなさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。さばかれないためです。見なさい。さばきの主が、戸口のところに立っておられます。

ヤコブは、主が来られるまで耐え忍びなさいと繰り返し語ります。しかも、先に申しましたように、ここには単に待つだけでなく、倦むことなく善い行いをしなさい、という教えも含まれているものと思われます。同時に、主が来られる時は近いということを強調しています。主が来られるというのはイエス・キリストが再び来られること、すなわち再臨のことでしょう。そう考えると、ヤコブの手紙が書かれた頃から二千年も後の時代に生きている私たちは戸惑いを覚えてしまうかもしれません。主の再臨が近い近いと言われて、もう二千年も経ってしまったではないか、ヤコブは主イエスがすぐにも戻って来られるのだというような、大きな勘違いをしていたのではないか、と思われるでしょう。ヤコブだけではありません。パウロもこう言っています。ローマ書の13章11節をお読みします。

あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行いなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。

このように、パウロも主イエスが来られる日は近い、もうすぐだという確信を抱いていたように思われます。ヤコブやパウロだけでなく、実に新約聖書全体に、主の来られる日は近いというメッセージがあちこちにあるのです。これをどう考えるべきなのか、新約聖書を書いた人たちは主の再臨に関して間違っていたのだろうか、という疑問を持たれるかもしれませんし、実際にそのように論じている人もたくさんいます。これは新約聖書研究における大問題であり、学者たちの間でも喧々諤々の議論がなされているテーマなのです。

この件についての私の考えは、これは私の個人的な意見だと断ったうえで申し上げるのですが、確かに主イエスはもう来られたのです。主イエスご自身も、

まことに、あなたがたに告げます。ここに立っている人々の中には、人の子が御国とともに来るのを見るまでは、決して死を味わわない人々がいます。(マタイ16:28)

と言われました。主ご自身が、紀元一世紀に生きた弟子たちが生きている間に人の子が来ると予告されたのです。ここでの人の子とはもちろんイエスご自身のことです。ですから、イエス御自身が、ヤコブやパウロと同じように、主が来られるのは近いということを請け負っておられたのです。ただ、それは主イエスが文字通りの意味で人間の姿で空からスーパーマンのように下って来たという意味ではありません。私たちは「主が来られる」という言葉を文字通り、字義通りの考えようとしますが、その字義通りという考えかたそのものが曲者だということです。聖書というのは、比喩的な表現や象徴的な表現が非常に多く用いられている書です。それらを無理やり文字通りに読もうとしても、かえって意味を見失ってしまうのです。例えば出エジプト記の19章4節に、「あなたがたは、わたしがエジプトにしたこと、また、あなたがたを鷲の翼に載せ、わたしのもとに連れてきたことを見た」とありますが、神様が本当にイスラエル人たちを鷲に載せて運んだわけではありません。神の力強い働きを鷲に譬えているのです。

「主が来られる」というのも同じです。神は霊ですから、神が来られる時に人間の肉眼で見える姿で現れると考えるほうがおかしいのではないでしょうか。実際のところ、神はこれまでも何度も世界に裁きのために来られたのですが、その際に人間の目に見える姿で来られたわけではありません。一番有名なケースは、ノアの大洪水の時でしょう。神は世界を裁くために来られ、現実に世界は神の裁きのために一度は水没して虚無に服しました。その時に神は確かに地を裁くために来られているのですが、それは文字通りに神が人の姿で人間の前に現れたということではありません。その他にも神は裁きのために来られています。

他の有名な例は、エレミヤが預言したようにイスラエルに裁きをもたらし、ソロモン神殿と呼ばれた最初の神殿を破壊するために来られました。エゼキエル書10章には、神がエルサレム神殿を視察して、その罪をご覧になったことが描かれています。その時も、神は肉眼で見えるような姿で現れたのではなく、霊において来られましたので、エゼキエルのような霊眼が与えられた人以外には神が来られたことを知る人は誰もいなかったのです。そして神は、バビロンを用いてイスラエルに裁きを下しました。主はエレミヤを通じて次のように宣言しています。エレミヤ書34章21節と22節をお読みします。

わたしはまた、ユダの王ゼデキヤとそのつかさたちを敵の手、いのちを狙う者たちの手、あなたがたのところから退却したバビロンの王の軍勢の手に渡す。見よ、わたしは命じ、-主の御告げ-彼をこの町に引き返させる。彼らはこの町を攻め、これを取り、火で焼く。わたしはユダの町々を、住む者もいない荒れ果てた地とする。

このように、主は地を裁くためにこれまでも何度も地に来られました。もちろん、多くの人は「そんなものは神とは何の関係もない。ノアの洪水はただの自然災害であり、神の裁きなんかではない。南ユダ王国とその神殿が滅びたのも、ユダ王国の誤った外交政策の結果であり、神とは何の関係もない。歴史の中に神の見えない手が働いているなんていうのは単なる妄想だ」というでしょう。しかし私たちクリスチャンの信仰は、本当の意味で歴史を動かしているのは人間ではなく神であり、紀元一世紀に主イエスが昇天されてからは世界の歴史は主イエスの支配の下で進んでいるのだと信じています。ですから主イエスが裁きのために霊において私たちの世界に来られたと信じることは、おかしなことではないでしょう。使徒パウロもコリント教会の人たちに対し、こう書いています。

私のほうでは、からだはそこにいなくても心はそこにおり、現にそこにいるのと同じように、そのような行いをした者を主イエスの御名によってすでにさばきました。(第一コリント5:3)

パウロにできたことを、主イエスがなされるのは当然です。そして、紀元一世紀に主イエスが間違いなく来られたと信じるべき瞬間があります。それは、主イエスが地上の生涯の終わり、エルサレムに滞在中にその破壊を予告されたヘロデ神殿が崩壊した時です。この神殿を破壊したのはローマの軍隊ですが、その背後には主イエスの裁きの手が働いていたと考えるべきです。そして、この神殿が破壊された時に、ユダヤの貧しい人たちを苦しめて来た富んだ者たち、とくに神殿を支配し、貧しい農民から厳しい年貢を搾り取っていた大祭司たちは厳しい裁きを受けました。まさにヤコブの語った通りのことが起ったのです。

そして、主は裁きだけでなく、大いなる報いを携えて来られるということも忘れてはなりません。主は悪に対しては裁きで報いますが、善に対しては報いをお与えになるのです。ヤコブは10節、11節で次のように記しています。

苦難と忍耐については、兄弟たち、主の御名によって語った預言者たちを模範にしなさい。見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いであると、私たちは考えます。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いています。また、主が彼になさったことの結末を見たのです。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられる方だということです。

ここで言われている預言者たちとは具体的に誰のことなのかは分かりませんが、迫害を受けながらも大胆に主のことばを語ったアモスやエレミヤが含まれているのは間違いないでしょう。ただ、次に語られているヨブについては、確かに彼の場合には苦難の後に財産も家族も二倍になったと書かれていて、報いを受けたというのは分かるのですが、預言者たちについてはそう言えるのでしょうか?預言者エレミヤは40年もの間激しい迫害を受けながら預言を続けましたが、彼の晩年はけっして平穏なものではありませんでした。彼は自分の意に反してエジプトに連れて行かれ、そこで不遇のまま没したと伝えられています。とても報いを受けたようには思えません。しかし、人間の目には不遇の一生のように見えても、死者の魂をも支配される神によってエレミヤは大いなる報いを受けたと考えるべきでしょう。ギリシア語で書かれている七十人訳聖書というものがあり、原始キリスト教たちによって大切に読まれていて、カトリックや東方正教会では聖書に含められている文書の一つに『知恵の書』とよばれる書があり、その3章1節から3節には次のように書かれています。

正しい人たちの魂は神の手の内にあり いかなる責め苦も彼らに触れることはない。彼らは愚か者たちの目には死んでいるように映り この世からの彼らの旅立ちは災いに 我々からの離別は破滅に見えた。しかし彼らは平安の内にいる。

このように、人間の目には報われない一生を過ごしたように見えた聖徒たちの魂は、主によってねんごろに取り扱われているということが書かれています。そういう人たちは主から大きな報いを受けるのです。

ここで、「報い」ということについて考えてみましょう。キリスト教神学、とりわけパウロ神学によれば、人間はひたすら神の恵みによって救われるのであって、神から報いを受けるのに値しない罪人だという見方があります。確かにそれは一面では正しい見方です。私たちが良いことをなすことがあったとしても、それは神の憐みのゆえに、聖霊の力で行ったことであり、私たちが神からの報いを期待できるような私たち自身の功績ではないのです。それでも、神は恵み深い方ですので、私たちの積み重ねた小さな善い行いを喜んでくださり、報いをくださるのです。パウロもこう言っています。

神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え[られます]。(ローマ2:6-7)

主は私たちの歩みに注目しておられます。そして私たちがなす、ほんの小さな善行にも喜ばれます。それは親が子どもの良いところを見つけて喜ぶようなものです。人間の親ですら、子どもの良い行いには喜んでご褒美をあげるのですから、天の父はなおさらです。ですから、私たちは残り少なくなった今年も、そして来年も倦むことなく善い行いに励んで参りましょう。お祈りします。

憐み深く、恵み深く、私たちの悪を裁くことには忍耐強く、私たちの善に報いてくださることには鷹揚であられる主よ。そのお名前を賛美します。今年一年の守りに深く感謝します。私たちもまた、来年も主に従っていこうという決意を新たにしたものです。どうか私たちを強めてください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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イエスの父マタイ福音書1章1節~25節 https://domei-nakahara.com/2024/12/22/%e3%82%a4%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%81%ae%e7%88%b6%e3%83%9e%e3%82%bf%e3%82%a4%e7%a6%8f%e9%9f%b3%e6%9b%b81%e7%ab%a01%e7%af%80%ef%bd%9e25%e7%af%80/ Sun, 22 Dec 2024 06:29:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6033 "イエスの父
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みなさま、クリスマスおめでとうございます。この喜ばしい主日を皆さまと共に祝えることに感謝です。さて、今日の説教タイトルは「イエスの父」です。ただ、イエスの父、と聞いてもそれが誰のことなのか、少し考えてしまうかもしれません。といいますのも、イエス御自身がおっしゃられているように、イエスの父、アッバとは父なる神のことを指すのではないか、とまず私たちは考えます。しかし、イエスを個人的によく知る当時のナザレの人々はイエスのことを「この人は、ヨセフの子ではないか」(ルカ4:22)と言っていました。

つまり、新約聖書を通じてイエス降誕のことを聞かされている私たちはイエスの父とは神様なのだと思うわけですが、そういう事情を知らない当時の人たちにとってイエスの父とはヨセフのことなのです。しかし、新約聖書の中でも、あるいはキリスト教の歴史の中でも、このヨセフと言う人物の影は薄いです。といいますのも、イエスが公生涯を始められる頃にはヨセフは既に世を去っていてしまっていたからです。対照的に、イエスの母マリアの存在感は大変大きいものがあります。ルカ福音書の降誕物語ではマリアの心の動きに焦点が当てられていて、彼女の深い信仰心に注目が集まります。また、その後もイエスの成長に喜びと戸惑いの両方の思いを抱きながらわが子を見つめ、イエスが昇天した後にはイエスを主として崇める信仰者になっていく姿までが新約聖書には記されています。その後の伝承でも、マリアはヨハネと共に小アジアのエペソで信仰を全うしたことが伝えられています。

また、キリスト教神学においてもマリアは大変重要な人物となります。「イエスの母」に留まらず、「神の母」とまで呼ばれるようになり、三位一体の神に次ぐ崇敬を集める存在となります。カトリックの教義では「無原罪のお宿り」という教理まであります。この教理は、西方教会、つまりカトリックとプロテスタントでは人類は皆等しくアダムの罪、つまり「原罪」と呼ばれるものを背負って生まれるとされますが、マリアだけは奇跡的にその罪から逃れていて、罪のない状態でイエスを宿したというのです。原罪がない、と聞くと驚かれるかもしれませんが、ではイエスもまた原罪を背負って生まれてきたのかといえば、ほとんどのクリスチャンはそれを否定するでしょう。しかし、原罪を持った母から生まれた子は原罪を引き継いでしまいますから、イエスの母マリアに原罪があるとイエスにも原罪があることになってしまいます。そこで、イエスの母であるマリアにも原罪がなかったという教理が生まれたのです。

こういうややこしい神学的議論をするのは今日の説教の本意ではないのですが、それだけキリスト教神学においてマリアには特別の地位が与えられていることを示すためにお話しさせていただきました。それに対してイエスの義理とはいえ父であるヨセフには何ら特別な強調点が与えられてきませんでした。そこで今日の説教では、イエスの父としてのヨセフに注目して参りたいと思います。

さて、イエスの降誕物語を記しているのは四つの福音書の中でもマタイとルカだけですが、ルカ福音書は先ほども申し上げたようにイエスの母マリアの信仰に焦点を当てています。それに対して、マタイ福音書はイエスの父ヨセフのほうにスポットライトが当てられています。福音書記者マタイはヨセフのことをイエスの「父」とは呼んではいないのですが、そのヨセフがどのようにしてイエスを自分の子として迎え入れるのか、そのいきさつをマタイ福音書は記しています。このマタイ福音書は「イエスの系図」と呼ばれる長いリストから始まります。新約聖書をはじめて読む方は、いきなり系図が出て来ることに面食らうわけですが、実はこの系図、「イエス・キリストの系図」ではないのです。突然何を言い出すのかと思われるかもしれませんが、この系図はイエスではなく、イエスの父ヨセフの系図なのです。イエスとヨセフの血がつながっていないとすると、ですからこれは厳密にはイエスの系図ではないのです。

では、なんでまたマタイはイエスの系図ではないものを、「イエス・キリストの系図」としてわざわざ福音書の冒頭に置いたのでしょうか?それはマタイが、イエスこそ正統なダビデ家の血を引く王家の生まれ、メシアの資格を持った人物であることを証明するためでした。王家の血筋は基本的には男子から男子に継承されます。そこらあたりは今の日本の天皇家と同じですが、古代イスラエルにおける王の資格の継承は男系だったのです。しかし、イエスには人間の父親がいません。神の聖霊が人間のマリアの母体を借りて生まれたのがイエスですから、イエスに人間の父方はいないことになります。しかし、それでは問題が生じます。なぜなら、イスラエルの救世主はアブラハムの子孫でなくてはならず、またダビデ王家の血筋を引く者でなければならないのです。これが聖書の預言だからです。ではイエスがアブラハムの子孫であり、ダビデ王家の者になるためにはどうすればよいのでしょうか?それは、そのような資格を持つ人物に養父になってもらうほかにありません。そして、その資格を持つ人物がヨセフだったのです。ですからこの冒頭の「イエス・キリストの系図」は、イエスを養子にしたヨセフがダビデ王家の者であることを証明するために必要だったのです。イエス・キリストの「キリスト」とは苗字ではなく称号だと言うことに注意が必要です。「キリスト」とはメシア、すなわち油注がれた王という意味です。イエスがメシア王になるためには、王家の血を引くヨセフの養子になる必要があったのです。

実際、このイエスの系図ではダビデが非常に強調されています。17節ではアブラハムからダビデまでが14代、ダビデからバビロン捕囚までが14代、バビロン捕囚からキリストまでが14代となっていて、「14」という数字が非常に強調されています。この系図は14と言う数字を強調するために作為的に作られています。たとえば、バビロン捕囚からイエスまでの期間は、イエスを含めて14名の名前がありますが、同じ期間はルカ福音書の系図では22人もいます。このように、マタイは何とか系図を「14」という数字でまとめようとしています。それはなぜか?そこにはゲマトリアというものが関係しています。イエスの時代には、私たちのようなアラビア数字が使われていませんでした。では、どうやって数字を記したのか?それは、アルファベットのそれぞれの文字が同時に数字を表していたのです。英語で言えば、Aが1、Bが2という具合です。ヘブライ語のアレフ、ベートという22のアルファベットはそれぞれ数字を表しており、ダビデを表す三文字のダレット、ヴァヴ、ダレットはそれぞれ4、6、4を表します。それらを足すと「14」です。つまり、ダビデを表す数字は14なのです。マタイがイエスの系図で「14」という数字にこんなにこだわったのは、イエスの父ヨセフがダビデの子孫であることを強調するためでした。また、6節にはダビデが名前だけでなく、ダビデ王と、「王」という称号と共に紹介されていることも注目すべきです。

そして、マタイ福音書のイエスの系図には、もう一つの興味深い特徴があります。それは、この男系の家系図の中に四人の女性の名前があることです。それは族長ユダの妻タマルと、ルツ記の主人公のルツ、またルツの夫であるボアズの母ラハブ、また名前は記されていませんが、ダビデの不実の子を宿したバテ・シェバの四名です。このうちの二人、タマルとルツ間違いなく異邦人であり、またバテ・シェバは異邦人を夫に持っていました。つまりヨセフはダビデの子孫であるだけでなく、異邦人の血も引いていたということです。これは、イエスがイスラエルの王であるだけでなく、異邦人の救世主でもあるということを示唆するものです。マタイはこの家系図の中に、こうしたメッセージを込めたのです。

さて、それでは系図の話はここまでにして、ヨセフがイエスを自分の子として迎え入れた次第を18節から見て参りましょう。ここでは、ヨセフがマリアのいいなずけだったことが記されています。当時のユダヤ社会では、婚期は非常に早く、女性は13歳か14歳で嫁入りしていました。ですからマリアもまだ13歳、今でいえば女子中学生のような年齢でした。ではヨセフはどうかといえば、一家の大黒柱としての生活力がなければ結婚できませんから、20歳ぐらいではないかと思います。今でいえば大学生の男性と女子中学生の結婚ですからあり得ない話ですが、当時はそのような結婚が普通でした。このヨセフのことをマタイは「正しい人」、ギリシア語ではディカイオスという言葉で、直訳すれば「義人だった」となります。この「義人」という言葉は、バプテスマのヨハネの両親であるゼカリヤとエリザベツにも使われていますが、これは完全無欠で罪を犯したことがない人という意味ではもちろんありません。そんな人はどこにもいませんから。むしろ、神に選ばれた契約の民に相応しく生きようと常に務めていた人という意味合いです。もちろん間違いを犯すことはありますが、その時でもすぐに反省して悔い改め、神に立ち返ろうとする人、要は生き方の「姿勢」の問題で、そういう生き方をしている人を聖書は「義である」、「義人だ」と呼ぶのです。そのような人ですから、人生において何か問題が生じた際には、神の教えに即して問題に対処しようとします。そのヨセフは大変大きな問題に直面することになります。

それは、いいなずけだった幼い少女であるマリアが妊娠してしまったという衝撃の事実です。ヨセフもいろいろな可能性を考えたことでしょう。マリアが他の人を好きになって肉体関係を持ってしまったとか、あるいは無理やり本人の意思に反して妊娠させられてしまったという可能性もあります。いくつかの可能性があるわけですが、しかし婚約中の女性が妊娠してしまったというのは大変重たい事実です。何らかの行動を決断しなければなりません。では、聖書はこのような場合どうすべきだと言っているか、見てみたいと思います。申命記22章の23節から27節までをお読みします。

ある人と婚約中の処女がおり、他の男が町で彼女を見かけて、これといっしょに寝た場合は、あなたがたは、このふたりをその町の門のところに連れ出し、石で彼らを打たなければならない。彼らは死ななければならない。これはこの女が町の中におりながら叫ばなかったからであり、その男は隣人の妻をはずかしめたからである。あなたがたのうちから悪を除き去りなさい。もし男が、野で、婚約中の女を見かけ、その女をつかまえて、これといっしょに寝た場合は、女と寝たその男だけが死ななければならない。その女には何もしてはならない。その女には死刑に当たる罪はない。この場合は、ある人が隣人に襲いかかりいのちを奪ったのと同じである。この男が野で彼女を見かけ、婚約中のその女が叫んだが、救う者がいなかったからである。

このように、聖書の教えによれば、マリアが同意の上で他の男性と関係を持ってしまったのなら男も女も石打の刑、マリアの意に反して貞操を奪われてしまった場合には男のほうだけを死刑にするということです。ヨセフも、聖書の教えに従うならば、マリアを問いただしてどのような状況で妊娠したのかをまず確認すべきでした。しかし、ヨセフはマリアに何か質問をしたとは書かれていません。もしかすると、マリアは聖霊によって身ごもったと説明したのかもしれませんが、ヨセフにはそれが荒唐無稽な話に思えて信じられなかったのかもしれません。

ともかくも、ヨセフはマリアがどういう状況で妊娠したのかを知らなかったし、それを問い詰めて確認しようともしなかったようです。かえって、なるべく穏便に済ませようとして内密にマリアを去らせようとしました。去らせるといっても、マリアはどこに行けたのでしょうか。父親のいないシングルマザーとして、中学生ぐらいの若い女性が生きていく手段は当時はなかったでしょうから、普通に考えればマリアは子どもと一緒に死ぬしかなかったと思われますが、ヨセフがそのような非情なことをしたとは思えません。おそらくは親戚で匿ってくれる人のところに送り出そうとしたのでしょう。いずれにせよ、聖書はあまり詳しい情報を提供してくれないので、憶測になってしまいますが、ともかくもヨセフは律法の教えに従って、マリアの身の潔白を問いただすことはせずに、マリアを安全に去らせることを優先したのでした。

ヨセフは義人だと言われているのに、律法の教えに従わないことが奇妙に思われるかもしれません。しかし、律法を守るというのはその条文に杓子定規に従うことではありません。むしろ、その律法の精神に則り、律法の目指していることを行うことです。律法は正義を行うことを非常に大切にしますが、それ以上に弱い立場の人を守ることを大切にしています。そのような律法の趣旨に照らせば、立場の弱いマリアとその子供の安全を第一にすべきだと考えることができます。マリアがどのような事情で妊娠したにせよ、それを公衆の面前で明らかにしてしまえば、マリアの今後の人生はどう転んでもあまりよいものにはならなかったでしょう。たとえマリアが自分の意に反して妊娠したとしても、その相手の男が強姦罪で石打の刑で殺されれば、残されたマリアはシングルマザーとして生きて行かなければなりません。しかし、それがどれほど過酷な道であるかをヨセフは分かっていました。ですから、マリアのお腹が大きくなって表ざたにならないうちに、マリアをどこかに隠し、ほとぼりが冷めるまでは世間の好奇の目に晒させないようにしたのでした。このように、「義人である」ということは、ひたすら正しく正確に律法を行うことではなく、むしろ弱い人の立場にたって、律法の教えを無視してでもそうした人を守るということなのです。主イエスが言われたように、人が律法のためにあるのではなく、律法が人のためにあるからです。

しかし、そのようなヨセフに対して神からの直接的な働きかけがありました。神の使いがヨセフの夢に現れたのです。夢と言うのは、今日の心理学では人間の深層心理、無意識の状態を映し出すものとされますが、古代社会や聖書の世界では神のお告げを伝えるための重要な手段の一つでした。そこで天使はヨセフに呼びかけます。「ダビデの子ヨセフ」と。ここでもヨセフがダビデの子であることが強調されます。先ほども申し上げたように、イエスが王になるためにはダビデ家の血筋の者に子供として迎えられる必要があったのです。天使はヨセフにマリアの妊娠の次第を話しました。ヨセフはもしかしたらマリアからすでにその話を聞いていたのかもしれませんが、その場合には天使はヨセフに、マリアの話は本当であることを請け負ったということになります。天使はヨセフに、生まれてくる男の子に「イエス」と名付けるように命じます。ルカ福音書では、天使ガブリエルがマリアに対して、生まれてくる男の子をイエスと名付けるように言っていますが、マリアにもヨセフにも天使は同じことを語ったということです。

たぶん、ヨセフもマリアを心の中では妻に迎え入れたい、守ってあげたいという気持ちがあったのかもしれません。しかし、ヨセフは清廉潔白な人でもあったので、マリアが万が一他の男を好きになってその人の子を宿したのだとしたら、さすがにヨセフはそれでも彼女を妻として迎える、ということまではできなかったのでしょう。ヨセフの心の中にも、人には言えない葛藤があったに違いありません。どうすれば正解なのか、分からなかったのでしょう。しかし天使の話を聞いて、ヨセフも勇気を与えられ、意を決しました。マリアを妻として正式に迎え入れることにしたのです。とはいえ、いくら古代社会で夢は神のお告げを伝える場合があるといっても、それは本人の思い過ごしに過ぎないのではないか、という見方もあったと思われます。ヨセフも、今見た夢が本当に神からのお告げなのか、あるいは自らの願望が生み出した夢なのか、どちらだろうかと迷ったかもしれません。けれども、ヨセフはマリアを妻に迎えることを決めました。彼は、おそらく自分の心が本当に命じるところに従ったのでしょう。

しかし、そうはいってもマリアはすでに妊娠中です。そのことが表ざたになると、それはヨセフとマリアが婚前交渉した結果ということになります。現代では「できちゃった婚」が当たり前のようになっていますが、モラルの厳しい当時としては大問題です。そこで慌てて婚礼を前倒しにしてすぐに結婚したものと思われます。しかし、マリアに子供が生まれるまでは、夫婦となった今でもヨセフがマリアを知ることはありませんでした。ヨセフはどこまでもマリアを守ろうとしたのです。

まとめになります。今回は、イエスの父となるヨセフについて考えて参りました。マリアほど注目されることのないヨセフですが、彼がイエスの父となることはぜひとも必要なことでした。一つには、イエスがダビデ家の正統な王となる、メシアとなるためにはダビデの血を引くヨセフの息子となることが必要でした。しかしそれ以上に大切なのは、ヨセフが本当に心の優しい、そして勇気のある人物だったということです。このような愛情と正義感の両方を兼ね備えた立派な人物であるヨセフの子として育つことは、イエスがこれから人類救済を担う人物として成長していくためにはぜひとも必要なことでした。イエスという救い主が生まれ、また成長していくためにはヨセフとマリアと言う立派な両親の存在が欠かせませんでした。私たちはその意味でも、このクリスマスの時にヨセフやマリアへの感謝の思いを新たにしたいと思います。お祈りします。

私たちの救い主イエス・キリストのご降誕を祝うクリスマスを、愛する兄弟姉妹たちと迎えられたことに感謝します。また、主イエスを産み育ててくださったマリアとヨセフにも深く感謝します。私たちが主イエスの教えに従い、またヨセフやマリアの信仰に倣って歩むことができるように、私たちを強めてください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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苦難のしもべイザヤ52章13節~53章12節 https://domei-nakahara.com/2024/12/15/%e8%8b%a6%e9%9b%a3%e3%81%ae%e3%81%97%e3%82%82%e3%81%b9%e3%82%a4%e3%82%b6%e3%83%a452%e7%ab%a013%e7%af%80%ef%bd%9e53%e7%ab%a012%e7%af%80/ Sun, 15 Dec 2024 04:01:00 +0000 https://domei-nakahara.com/?p=6019 "苦難のしもべ
イザヤ52章13節~53章12節" の
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みなさま、おはようございます。今日はアドベント第三週になります。いよいよ次週はクリスマス礼拝になりますが、今日の聖書箇所はクリスマスを待ち望むうえで大変重要な箇所です。実際のところイザヤ書53章は、旧約聖書の中でも最も有名な箇所の一つです。

クリスマスになると、クリスマス関連の音楽が流れますが、その中でも定番と言えるものの一つがヘンデルの「メサイア」でしょう。ヘンデルは元々ドイツ人でしたが、イギリスに帰化しました。ですからメサイアも英語の歌詞が使われています。宗教曲はラテン語とかドイツ語の曲が多いですが、英語の歌詞であるメサイアは日本人にとっても馴染み深いものでしょう。そのメサイアの歌詞はみな英語の聖書からの引用なのですが、なかでも「イザヤ書」からの引用がとても多いのです。そもそも最初の歌詞である「慰めよ、慰めよ」というところはイザヤ書40章からの引用です。なぜイザヤからの引用が多いのかといえば、「メサイア」というのはメシア、つまりキリストのことですが、イザヤ書は旧約聖書の中でも最も多くのメシア預言が含まれている預言書だとされているからです。イザヤにはメシアを示すと思われる部分があまりにも多いので、イザヤ書を新約聖書の四福音書に並ぶ「第五の福音書」と呼ぶ人までいるのです。

そのイザヤ書の中でもとりわけ重要なのが、イザヤ書40章から55章にかけてです。イザヤ書は66章ありますが、大きく分けて三つに分かれていると言われていますが、その真ん中の箇所である40章から55章までは一般的に「第二イザヤ」と呼ばれる箇所で、その著者は預言者イザヤより百年以上後の時代に生きた無名の人物だとされます。無名といっても、預言者イザヤの精神を引き継いだ、イザヤの弟子たちの中の一人だということです。日本でも、たとえば浄土真宗の中で一番有名な本は教祖の親鸞の書いたものではなく、お弟子さんの唯円(ゆいえん)が書いた歎異抄(たんいしょう)だと言われています。第二イザヤもイザヤの衣鉢を継いだお弟子さんが書いたということです。そして第二イザヤは、イザヤ書全体の中でも独特な性格を持っています。第二イザヤを理解するために、その前の部分である第一イザヤと比較してみましょう。

第一イザヤと呼ばれる1章から39章までは、イスラエルの罪と背信に対する神の厳しい裁きが述べられています。預言者イザヤの召命の時のあらましは6章に書かれていますが、イザヤが神から最初に与えられたメッセージは大変厳しいものでした。その9節と10節をお読みします。

すると仰せられた。「行って、この民に言え。『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』この民の心を肥え太らせ、その耳を遠くし、その目を固く閉ざせ。自分の目で見ず、自分の耳で聞かず、自分の心で悟らず、立ち返っていやされることのないように。」

このように、イスラエルの罪は重く、彼らには癒しではなく裁きが待っている、彼らは癒されてはならない、というのがイザヤに与えられた大変厳しい、重たいメッセージでした。イザヤは南ユダ王国が滅亡する紀元前587年の百年ほど前に活躍した預言者ですが、イザヤのメッセージはその百年後のユダ王国の滅びを予見するような厳しい内容だったのです。

それに対し、第二イザヤと呼ばれる40章以降は、国が滅びてしまい、亡国の民となったイスラエルの人々を慰めるメッセージになっています。つまり、まだ南ユダ王国が健在だった時代の人々に語られた第一イザヤとは時代背景が異なり、国を失って意気消沈した人々に語られているのが第二イザヤです。ですから第一イザヤの厳しいトーンとは打って変わり、慰めや励ましに満ちたメッセージになっています。第二イザヤの冒頭は次のような言葉で始まります。

「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」とあなたがたの神は仰せられる。「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き換え、二倍のものを主の手から受けよ。」(イザヤ40:1-2)

このように、国を失い、礼拝のための神殿も失い、外国で捕虜として暮らしていた亡国の民であるイスラエル人に対し、神は慰めを与え、また失った二倍のものを与えようと約束しているのです。素晴らしいメッセージですね。しかし、そんなに都合よく物事が進むのだろうか、と疑う人たちもいました。彼らは現に祖国を失ってしまったのです。帰るべき祖国はもうないのです。そんな厳しい現実を前にして、イザヤの言葉は気休めなのではないかと斜めに見る人たちがいたのです。

第二イザヤは、この神の約束、慰めと回復の約束がどのように実現するのかを示す書なのです。そして第二イザヤにはこの約束を実現してくれる二人の救世主、二人のメシアが登場します。しかし、その二人はまるで対照的な二人です。一人は、当時の世界最強の帝国であるバビロニア帝国を滅亡させた人物、アケメネス朝ペルシアの王キュロスです。私たちの使っている聖書では古い呼び方のクロスとなっていますが、一般的にはキュロスと呼ばれる人物です。彼はバビロンだけでなく、エジプトやヨーロッパのマケドニアも征服し、さらにはインドの国境沿いまでの中央アジアをすべて平定し、まさに空前絶後の世界帝国を築き上げた王でした。彼はイスラエルの人々からも深い尊敬を集めていました。実際、第二イザヤはキュロスを讃えてこう記しています。45章1節からお読みします。

主は、油そそがれたキュロスに、こう仰せられた。「わたしは彼の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前にとびらを開いて、その門を閉じさせないようにする。」

油注がれた者とはすなわちメシア、ギリシア語の「キリスト」です。ですからイスラエルの預言者イザヤは異教徒のペルシアの王キュロスのことを「キリスト」と呼んでいるのです。アケメネス朝の国教はゾロアスター教だったと言われていますので、キュロスはイスラエルの神の信仰者ではありませんでした。ユダヤ人以外の異教徒の王が「キリスト」と呼ばれているのはこのキュロスだけですから、ユダヤ人にとってキュロスという人物がどれほど重要だったか、分かろうというものです。実際、キュロスはユダヤ人にとっての救世主でした。キュロスによってバビロンに囚われていたユダヤ人たちはエルサレムに戻ることが許され、さらにキュロスはエルサレムに戻ったユダヤ人たちが神殿を再建するのを助け、資金援助をしています。まさにキュロスはユダヤ人の宿敵であるバビロンを滅ぼし、彼らを祖国に帰してくれた救世主だったのです。イザヤ書40章から48章までは、このキュロスによってユダヤ人たちがバビロンから解放される様子を描いています。それは「政治的」な解放であり、キュロスの軍事力によってそれは成し遂げられました。

しかし、第二イザヤでは、もう一人の救世主が登場します。その人物が成し遂げるのは、キュロスのような政治的解放ではなく、精神的または霊的な解放です。そしてその人物はキュロスのように軍事力を用いることなく、むしろその苦難を通じてイスラエルを霊的に解放するのです。その人物は「苦難のしもべ」と呼ばれますが、その名前は明かされていません。そして、その謎めいた人物が主役として登場するのは49章以降です。彼のことを描いている箇所をいくつか読んでみましょう。まず49章4節です。

しかし、私は言った。「私はむだな骨折りをして、いたずらに、むなしく、私の力を使い果たした。それでも、私の正しい訴えは、主とともにあり、私の報酬は、私の神とともにある。」

また、50章4節から6節までをお読みします。

神である主は、私に弟子の舌を与え、疲れた者をことばで励ますことを教え、朝ごとに、私を呼びさまし、私の耳を開かせて、私が弟子のように聞くようにされる。神である主は、私の耳を開かれた。私は逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者にも私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった。

このように、主に従うしもべは人々から受け入れられず、むしろ侮辱されたりひどい扱いを受けます。これはイスラエルの預言者の宿命とも言えるもので、先々週取り上げたエレミヤもこのような扱いを受けていました。この「苦難のしもべ」と呼ばれる人物も、イスラエルの歴代の預言者たちと同じく人々からの迫害を受けながらも主の道を宣べ伝え、人々を励まします。そして、そのようなしもべの働きを通じて「福音」がイスラエルにもたらされます。

52章7節以降には、神がシオンに戻られて救いをもたらすことが「福音」として語られています。そこをお読みします。

良い知らせを伝える者の足は山々の上にあって、なんと美しいことよ。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、「あなたの神が王となる」とシオンに言う者の足は。聞け。あなたの見張り人たちが、声を張り上げ、共に喜び歌っている。彼らは、主がシオンに帰られるのを、まのあたりに見るからだ。エルサレムの廃墟よ。共に大声をあげて喜び歌え。主がその民を慰め、エルサレムを贖われたから。主はすべての国々の目の前に聖なる御腕を現した。地の果てもみな、私たちの神の救いを見る。

この一文は、「福音」とは何かを示すものです。福音とは、イスラエルの神が世界の王となられる、神ご自身がこの世界に正義と平和に基づく支配を行われる、「あなたの神が王となる」ということです。私たち福音派は、福音とは「イエス様を信じれば罪赦されて救われる、天国に行ける」ことだとついつい考えてしまいますが、実際は福音とは「神ご自身が王としてこの世界を正しく支配してくださる」ということなのです。私たち殆どすべての人は、現在の支配者に何かしらの不満を持っています。金銭的な面で不正をする政治家が嫌われるのはもちろんですが、たとえそういうことをしない清廉潔白な政治家だとしても、世界の問題を解決するには力不足なのではないか、と思われる政治家も少なくありません。そんな中で、全能の神様ご自身がそうした支配者に代わって正しい政治を行ってくださるとしたら、それは確かに素晴らしいこと、良い知らせなのではないでしょうか。

 しかし、神様がこの世界を支配するというのは具体的にはどういう意味なのでしょうか?そもそも神様は霊であり、私たち人間には見ることも聞くことも触ることもできません。神様が人間の王様のように、私たちの目の前に現れることはないのです。その見えない神様が、いったいどうやって王としてこの世界を治めるのでしょか?イザヤは、「主はすべての国々の目の前に聖なる御腕を現した。地の果てもみな、私たちの神の救いを見る」と語りますが、私たちはどのようにして見えない神様の栄光を見るのでしょうか?イザヤはその答えを私たちに与えてくれます。私たちは「苦難のしもべ」の苦しむ姿を通じて、全能の神の力強い働きを見るというのです。これはまったく理解に苦しむ、矛盾した知らせではないでしょうか?先ほどの世界帝国を作り上げたキュロス王や、あるいはローマ帝国のユリウス・カエサルやナポレオンのような偉大な王の働きの中に神の力を見るというのなら話は分かりますが、人々の無理解に悩み苦しむ人物の苦悩の中に、どうやって神の全能の力を見ることができるのでしょうか?しかし、イザヤはまさにその人にこそ、神の聖なる御腕が現れるというのです。イザヤはこう書いています。

私たちの聞いたことを、だれが信じたか。主の御腕は、だれに現れたか。

イザヤは、主の御腕が世界に示されるというビッグニュースについて語りますが、誰もそれを信じられなかった、と言います。同じことは、すぐ前の52章13節と14節にも書かれています。

見よ。わたしのしもべは栄える。彼は高められ、上げられ、非常に高くなる。多くの者があなたを見て驚いたように、-その顔だちは、そこなわれていて人のようではなく、その姿も人の子らとは違っていた―そのように、彼は多くの国々を驚かす。王たちは彼の前で口をつぐむ。彼らは、まだ告げられなかったことを見、まだ聞いたこともないことを悟るからだ。

ここには矛盾した内容が書かれています。しもべと呼ばれる人物は、あらゆる者の上に立つ存在として非常に高められます。まさに王の中の王となるということです。それなのに、そのしもべの姿はひどく損なわれ、見るに堪えないものだとも言われています。人々から蔑まれるような人物があらゆる人の上に立つという驚くべき知らせを前に、王たちは口をつぐむだろうということが言われています。

この不思議な「しもべ」について、イザヤ書53章は語ります。2節の途中からお読みします。

彼には、私たちが見とれるような姿もなく、輝きもなく、私たちが慕うような見ばえもない。彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。

こうした記述を読むと、このしもべは王の中の王どころか、私たちの目から見ても気の毒な、可哀そうな人しか思えません。では、なぜこのような人物が神によってすべての上に立つ人物にまで高められたのでしょうか?それは彼がその人生において王たる人物に相応しいあり方、王道を示したからです。そしてその王道は、世間一般の王道とは正反対のものでした。

この世では、偉い人たちは自分たちの悪事や悪行の責任を取りません。それを下の者たちに押し付けます。「私は何も知りませんでした。秘書が勝手にやりました」というセリフを私たちは何度聞いてきたでしょうか。多くの人はそれが嘘だと直感的に気付くのですが、しかしそれがこの世の在り方としてまかり通ってきました。私たちの世界では、偉くなればなるほど罪を問われないということになります。最近も某超大国の大統領が自分の息子の罪を帳消しにしました。偉くなれば罪を問われない、法律を超越した存在になれる、それが分かっているからこそ、多くの人は偉くなろうとするのです。しかし、このしもべはそれとは正反対です。彼は自ら他人の罪を背負うのです。人に自分の罪をなすりつけたりすることなく、むしろ人々の罪の重荷を背負ってくれるのです。これが神の前に正しい王としての在り方、真の王道なのです。しもべはそのようにして上に立つ者としての正しい在り方を自分の生きざま、そして死にざまを通じて世界に示しました。だからこそ、神は彼をあらゆる者の上に立つ存在としたのです。

しかし、そんな奇特な人がこの世にいるのだろうか?と思われるかもしれません。それがいたのです。それがイエス・キリストであり、その十字架なのです。イエス・キリストはそれを成し遂げたからこそ、あらゆる者の上に立つお方とされたのです。この方こそ、イザヤの示す苦難のしもべの正体なのです。

このように、主イエスは私たちの罪の重荷を担ってくださいました。私たちは、だからといって、イエス様のおかげで助かったよ、私たちはこれで苦しまずに済んだ、などと考えるべきではありません。なぜなら、「神のうちにとどまっていると言う者は、自分でもキリストが歩まれたように歩まなければなりません」(一ヨハネ2:6)とヨハネが語っているように、私たちもまた、イエスの十字架を模範として歩まなければならないからです。神の国、神の支配に参加するということは、人の上に立って王のように命令することではなく、むしろイエスのように人のしもべとなって歩むということです。人に罪をなすりつけるのではなく、むしろ自らが人の罪を背負う、それが神の国の生き方です。楽ではないのです。簡単でもありません。しかし、そのように歩まなければいつまでたってもこの世界に真の平和が訪れないのも事実です。私たちが作り上げるべき共同体、世界とは互いに仕え合う共同体、世界です。暴力や強制によって敵を打ち倒すこの世の帝国とは全く異なっています。それが神の国が天におけるように地にも到来するということです。もちろん、私たちは一朝一夕にイエスのように歩めるようになるわけではありません。すぐに神の国、神の支配がこの世に実現するのでもありません。私たちはいつもイエスを見上げ、それを目指して一歩一歩歩んでいくしかないのです。そのような思いを胸に、アドベントの最後の一週間を歩んで参りましょう。お祈りします。

王となるために僕として歩まれた平和の主よ、そのお名前を賛美します。あなたは私たちにまことの人間としての在り方、まことの王としての在り方を示してくださいました。私たちもそれに倣って歩むことができるように、上よりの助けをお与えください。われらの平和の主イエス・キリストの聖名によって祈ります。アーメン

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