からだは一つ、御霊は一つ
第一コリント12章12~30節

1.導入

みなさま、ペンテコステおめでとうございます。ペンテコステというのは、イースター、クリスマスと並ぶキリスト教の三大聖日の一つですが、クリスマスは主イエスの誕生を祝う日、イースターは主イエスが死者の中から復活したのを祝う日であるように、いずれもイエス・キリストの生涯にかかわるものですが、ペンテコステは三位一体の父・子・聖霊の中でも特に聖霊に関係する日です。ペンテコステというギリシャ語の言葉の意味は、50番目という意味なのです。では何から数えて50番目なのかといえば、ユダヤ教のお祭りの一つである初穂の祭りから数えて50日目ということです。初穂の祭りというのは、収穫の初穂を神に感謝してお献げする日ですが、人類の中で初めて死者の中から復活したイエス・キリストを比喩的に言えば人類の初穂です。ですから、初穂の祭りとはそのままイエスの復活の日を指し示すものなのですが、それから50日後に教会に聖霊が降ったので、その日がペンテコステの主日となったのです。

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サウル王の最後
サムエル記第一31:8-13、サムエル記第二1:17-21
森田俊隆

初代イスラエルの王サウルの最後の場面が今日のお話のテーマです。お読みいただいた最初のところが、サウル王の戦死直後に起きたことを述べており、あとの方の個所は、サウル王の死後、ダビデが、サウル王、その子ヨナタンを悼んで歌った詩の前半です。これらの個所にこだわらず、サムエル記上31章全体とサムエル記下1章全体を見ながら、「サウル王の最後」についてお話し致します。

まず、サムエル記上31章の最初です。31:1-2「ペリシテ人はイスラエルと戦った。そのとき、イスラエルの人々はペリシテ人の前から逃げ、ギルボア山で刺し殺されて倒れた。/ペリシテ人はサウルとその息子たちに追い迫って、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを打ち殺した。」とあります。イスラエルとペリシテは年来の宿敵です。サウルに率いられるイスラエルはガリラヤ湖の南イズレエルに集結し、王アキシュを指導者とするペリシテはイスラエルの中西部アフェクの地に集結します。最終的な戦場はイスラエルの集結地のすぐ南となりました。戦いの推移については全く叙述なく、ただ、イスラエルの敗北のみが記されています。ペリシテ人はサウルの子3名を殺害します。長男ヨナタン、次男アビナダブ、三男マルキ・シェアです。ヨナタンはダビデの盟友であり、ダビデが次の王にふさわしいと考え、自分の王国継承権を譲っていました。サウルがダビデを殺そうとしていた時、常にダビデの助けとなり、父サウルを諫めていた人物です。ダビデ/ヨナタンの関係は友情の模範とされ、キリスト教の時代以降も長く称えられるものとなりました。この3名の戦死でサウル王朝は事実上、断絶となります。しかし、サウルには四男イシュ・ボセテがおり、サウルの番頭的存在の将軍アブネルの支持の下、ダビデの王朝の成立に最後の抵抗を致します。この話はサムエル記下で語られます。

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御霊の働き
第一コリント12章1~11節

1.導入

みなさま、おはようございます。今月の第4主日はペンテコステ主日、初代教会に聖霊が降った日のことを記念する日になります。私たちは第一コリントの学びを続けていますが、奇しくも今回と次回の箇所はその聖霊の働きについてのパウロの教えになっています。ですから、ペンテコステ主日にもこの第一コリントの講解を続けていきます。さて、これまでの説教でなんどもお話ししていますが、第一コリントの手紙は内容がとても具体的です。パウロはコリントの教会で起こっている様々な問題を、手紙を通じて取り扱っています。先の8章から10章までは「偶像にささげた肉」の問題を取り扱っていました。11章以降は、パウロは新しいテーマに入ります。それは「礼拝」にまつわる様々な問題です。11章から14章まで、パウロは礼拝に関するいろいろな問題を取り扱います。パウロはまず11章で、礼拝中の女性のヘアー・スタイルの問題と、先週は「主の晩餐」、つまり「聖餐式」の問題についての教えやおすすめを書きました。今日のところからは、礼拝中における聖霊の働きに注目していきます。パウロはこれから、特に異言語りといわれるカリスマ的な働きについて指示や勧告を与えていくのですが、今日のところは聖霊についての基本的な事柄を語っています。

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主の晩餐
第一コリント11章17~34節

1.導入

みなさま、おはようございます。早いもので、5月に入りました。今は本来ならばゴールデン・ウィーク真っ盛りの時期ですが、今回も昨年に続き、緊急事態宣言下での大型連休となりました。どこかに行楽で出かけていくのは難しく、家で過ごす時間が長くなると思いますが、今日の説教箇所も「家」というのが一つの大きなテーマになります。先週の説教でお話ししたように、この第一コリント書簡の11章から14章にかけて、パウロは礼拝についてのいくつかの重要な問題を取り扱っています。前回は、礼拝中に女性が頭にかぶり物をする、あるいは頭を結わえるという、ヘアスタイルの問題を扱いました。そして今日の箇所では「主の晩餐」について語っています。主の晩餐というのは、私たちの教会用語でいえば「聖餐式」のことです。私たちは聖餐式を毎月の最初の日曜日に行っていますが、毎週の日曜日ごとに聖餐式を行う教会もあります。カトリックや聖公会の教会がそうです。逆に年に3回とか、限られた数だけの聖餐式を行う教会もあります。さて、大事なことはパウロがここで語っている「主の晩餐」というのは、私たちが行う聖餐式とはだいぶ様相が異なっていたということです。私たちが行っている聖餐式は、キリスト教2000年の歴史の中で練り上げられたもので、確固としたスタイルを持っています。まさに「儀式」という趣があります。皆さんが他の教会に行ってそこで聖餐式に与っても、戸惑うことなく普通に参加できるのは、それだけ聖餐式のやり方が普遍的に確立しているからです。しかし、パウロが活躍した時代はキリスト教の黎明期であり、聖餐式についても、これといった定まったスタイルはありませんでした。新約聖書がまだ出来上がっていない時代ですから、式文といいますか、聖餐式で語る言葉もはっきりと決まっていなかったのです。ですから、信仰に入って日が浅い信徒の中には、主の晩餐というのは何のためにするものなのか、よく分かっていなかったような人もいました。主の晩餐を、単なる食事会の一部のように考えていた人もいたようなのです。

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男と女について
第一コリント11章2~16節

1.導入

みなさま、おはようございます。いつもお話ししているように、今学んでいるコリント第一の手紙は、その内容がたいへん具体的・実際的であるのをその特徴としています。というのも、パウロはコリントの問題で起こった様々な問題の一つ一つを取り扱う形でこの手紙を書いているからです。パウロは8章から10章にかけて、「偶像にささげた肉」の問題をじっくりと取り扱いました。このテーマに沿って、私たちも今年の2月から数カ月にわたって学んできました。そしてこのテーマが終わり、今日の箇所からパウロは新しい問題に取り組みます。今日の11章から14章にかけて、パウロが扱う問題とは、「礼拝」です。コリントの教会の礼拝において生じた問題、それには礼拝における聖餐式や異言語りなどが含まれますが、それらについてパウロは取り組みます。その中に、あの有名な「愛の讃歌」も含まれています。

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サウル王の遺棄
サムエル記第一15:10-23
森田俊隆

* 当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

今月はサムエル記からです。サムエル記は上下2巻あります。上巻は預言者サムエルとイスラエル初代の王サウルの話です。下巻は王となったダビデの話です。中原キリスト教会では木曜会で山口先生がサムエル記からお話をされていますので、私のお話において、それも参考にさせていただいております。今日の聖書個所としてあげましたのはサムエル記第一15:10-23ですが、お話は15章全体を念頭にお話し、させていただきます。まず15章には何が書いてあるかを若干のコメントをしながら概略ご説明します。

15:1-3で預言者サムエルはアマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ、との主の命令をサウルに伝えます。15:3には「今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。容赦してはならない。男も女も、子どもも乳飲み子も、牛も羊も、らくだも、ろばも殺せ。』」とあります。ヨシュア記、士師記を呼んだ方は驚かないかもしれませんが、このような知識のない方は驚きます。集団殺戮と何ら変わりません。アマレク人と言うのはユダヤの南のネゲブ砂漠の方に住んでいた人々です。聖書による血統ではイスラエルの始祖ヤコブの兄弟エサウの孫アマレクの子孫です。したがって、そんなに遠くない親類です。全滅させよ、という理由は出エジプトの時、イスラエルの民が南からカナンの地に上ってくるのを邪魔したから、というのです。この理由は調べると怪しいものです。一度は、アマレク人とカナン人がいっしょになってイスラエルを打ち破り、イスラエルがカナンの地に入るのをあきらめさせましたが、結局、モーセはヨシュアをたてて、アマレクを打ち破り、出エジプト記17:14では「アマレクの記憶を天の下から完全に消し去った」ことになっています。サムエルが言っていることは、常識的には何癖です。理由にもならないことを理由にした復讐です。

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偶像にささげた肉(2)
第一コリント10章14~11章1節

1.導入

みなさま、おはようございます。先週は幸いな復活祭がもてたことを心より感謝いたします。今日の説教では、再び第一コリントに戻ります。さて、これまで学んできましたように、8章から今日の箇所までパウロはずっと同じテーマを取り扱っています。それは「偶像にささげた肉」の問題です。この点については毎回話していますが、今回も簡単におさらいしましょう。古代社会では、肉は貴重な食べ物で、今日のようにいつでもスーパーで買えるようなものではありませんでした。では、古代世界最大のブッチャー、お肉屋さんはどこかといえば、それはゼウスやアポロン、アルテミスなどのギリシャ・ローマの神々を祭る神殿でした。こうした神殿で神様をどうやって礼拝したのかといえば、牛や羊などの家畜動物を屠り、そのお肉を燃やして香ばしい香を焚き、それを神々におささげしたのです。しかし、動物の脂肪を全部燃やしたわけではありません。肉のある部分は、神殿の中での食事会や晩さん会に使われ、それでも残った部分は市場に売られたのです。ですから、「偶像にささげた肉」を食べるという場合、二つの問題がありました。一つは、神殿でのお肉の食事会や晩さん会に果たしてクリスチャンは出てもよいのか、それは偶像礼拝になってしまうのではないか、ということで、もう一つは市場で売られているお肉が、偶像の宮で神々に捧げられた肉のお下がりである場合、その肉を食べてもよいのか、という問題でした。今日の箇所は、これまでの議論の締めくくりとしてパウロはこの二つの問いに対して、具体的な指示を与えています。

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復活の経験
ヨハネ福音書11章17~27節

1.導入

みなさま、復活祭おめでとうございます。復活祭はキリスト教の祝祭の中でも最大かつ最も大切な日です。初代教会からの伝統を最もよく保っていると言われるギリシャ正教にはクリスマスを含む12の大祭がありますが、復活祭はこの12の中には含まれない、別格の大祭とされます。なぜなら、主イエス・キリストの公生涯において、この復活という出来事ほど重要なものはないからです。パウロは、もしキリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰は全く意味のないものとなる、と語っています。その箇所、第一コリントの15章14節を開いてみましょう。

そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

そこで今朝は、主イエスが復活したことと、私たちの救いの関係について考えてみたいと思います。私たちプロテスタント教会では救いを語るときに復活よりも十字架に強調点が置かれるからです。私たちは「イエスの十字架によって救われた」とは言っても、「イエスの復活によって救われた」と言うことはほとんどないのではないでしょうか?私たちの罪のために、私たちの身代わりとしてイエス様が十字架で死んでくださった、だから私たちは救われるのだと。しかしパウロは、イエスが十字架で死んだだけでは私たちは救われないのだ、ということを強く訴えています。先ほどのコリント書の続きでパウロはこう書いています。

そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

と、こう語っています。十字架だけでは十分ではないのです。

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出エジプト
第一コリント10章1~13節

1.導入

みなさま、おはようございます。いよいよ今日から「受難週」が始まります。受難週とは、イエスが地上における最後の一週間を過ごした期間を指す言葉です。今日の主日は主イエスがエルサレムに入城するところを人々が棕櫚の枝を振って歓迎したという故事により「棕櫚の主日」と呼ばれています。これから主イエスは腐敗したエルサレムの権力者たちへの神の裁きを宣告するために、エルサレムの神殿に入って有名な「宮清め」を行います。イエスから批判されたエルサレムの大祭司たちは反撃に転じてイエスに論争を挑みますが、かえってイエスに完膚なきまでに論破され、いよいよ最後の手段としてイエスを逮捕し、処刑することを企みます。このように嵐のような一週間を過ごすわけですが、主イエスのエルサレム入城の大きな目的はエルサレムの権力者との対決だけにあるのではありません。むしろ、人々を救い出すことこそが主イエスの一番大きな目的でした。主イエスの働きは、モーセのそれと似ています。神はかつてモーセを救世主としてエジプトに遣わしましたが、それはエジプトで奴隷として苦しめられていたイスラエル人を奴隷状態から解放するためでした。その出来事は出エジプト、エクソダスと呼ばれています。そして、イエスがエルサレムでなさったこともエクソダスと呼ばれていることに注意しましょう。

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ルツ記の女性たち:ルツ
ルツ記2:17-23
森田俊隆

* 当日の説教ではこのうちの一部を省略して話しています。

先月はルツ記に登場する姑のナオミについて主にお話しました。今日は、この文書の名前になっている「ルツ」について主にお話したいと思います。ナオミやルツ以外にルツ記に登場する女性として町の女たちについても若干述べさせていただきたい、と思っています。ナオミの時の話の補足という感じでお聞きいただきたく思います。  この文書はルツ記と称せられていますが、実はルツ自身の言葉はあまり含まれていません。その他の記述から彼女の信仰姿勢等については推測になります。まず、ルツはモアブ人です。モアブ人というのは創世記に示されている血統からすると、アブラハムの甥ロトの子モアブの系譜の人々です。このモアブはロトとその姉娘との間に生まれた子です。このようなことは昔から禁じられていた性行為ですから、モアブは不義の子ということが言えます。アブラハムの子イサクの子ヤコブの血筋であるイスラエルの民とは遠い親戚ということになります。彼らの住んでいた地は死海の東側です。イスラエルの民はエジプトに逃れ、その後出エジプトを経てカナンの地に戻ってきた人々ですが、その途中、モアブ人の土地を通過しようとしたのを断られたことから、両者は、曰く因縁の間柄となります。ルツ記の前の文書である士師記においては、モアブ人の王エグロンがカナンの地に侵入しエリコの町を占領し、18年間イスラエルを支配したと書かれています。そこにベニヤミン族出身の士師、左利きのエフデが起こされ、彼は剣を携え王に近寄り、その剣で暗殺し、そのあと士師の役割を果たした、と言われています。サウル王はモアブと戦いましたが、ダビデは両親をモアブの王に預けたと書かれていますし、ダビデ30勇士にはモアブ人がいたと記されています。両親が殺されたためダビデはモアブ人を討ったというユダヤ教の伝承もあります。ルツ記は士師の時代のこと、と言われていますので、この時代のイスラエルとモアブ人の関係は敵対関係と友好関係が入り組んだような時代であった、と推察されます。ルツ記はユダのベツレヘム出身のエリメレクがモアブの地に移住するところから話が始まります。その息子がモアブの娘ルツを娶る、という訳です。ユダ族とモアブ人との関係は少なくとも庶民の間では隣同士の民族という間柄、という状態であったと思われます。後に、捕囚から帰国したユダの指導者ネヘミヤが異民族との結婚を厳に禁止しますが、この士師の時代にはそのような制約はありませんでした。

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ルツ記2:17-23
森田俊隆
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